長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
242ページ/260ページ

「…まあ、アンサンブルメンバーで唯一の女子メンバーだからね。…かなでちゃんを好きなコが出てきたっておかしくないけど」
香穂子はかなでの様子と言った言葉で、何があったのか、何となくわかった。
アンサンブルの練習を見ていれば、響也が誰を好きで、…かなでが誰を見ているのか、何となく分かった。
そしてそれが複雑な三角関係であることも。
「…やっぱり分かりますか?」
「まあ…響也くんは見た感じそうかな?ってわかりやすい感じだったし…かなでちゃんもね、自分を見ているようで、心配だった」
「…え?」
「音楽馬鹿で唐変木の朴念仁を好きになるって大変だよなぁって」「…」
香穂子のおどけるような言葉にかなでは苦笑してしまった。
音楽馬鹿で唐変木の朴念仁。かなでの思い付く人間は一人しかいなかったからだ。
「自分を見ているって…日野さんもそうだったんですか。」
「ふふっ」
香穂子は何かを思い出したのか、おかしそうに笑いながら頷いた。
「そうよ。もう大変だったんだから…」
香穂子は屋上からの景色を遠い眼差しをしながら見た。
「本当に…大変だった。でも…幸せだったな」
「日野さん…」
「あははっ、私の事はどうでもいいか。それよりもかなでちゃん達の事よね?」
「…」
香穂子は何かを言いたそうなかなでの視線からごまかすかのように言った。
「多分、かなでちゃんは響也くんのいきなりの告白か何かに戸惑っているんだと思う。でもね…自分の気持ちに嘘はついちゃだめだよ?」
「…え?」
「だってかなでちゃんが響也くん以外の誰を好きになっても、それはかなでちゃんの気持ちだから…それを殺してしまうような事をしたら、みんなを傷つけてしまうの。…多分自分自身が好きな人も」
「…」
「それに、自分が好きだから…相手を好きになるとかって違うでしょ?かなでちゃんは響也くんが自分を好きだから響也くんを好きになったかな?」
「…いえ」
「…好きな相手が自分を好きになってくれたら最高だけど…なかなかそうはいかないものね…」
香穂子は小さなため息をついた。
「人の心って難しいなぁ…」
「…日野さん…」
「あははっ、相談の答えになってないか」
「いえ、なんとなく気持ちに整理がつきました」
かなではふわりと微笑みながら言った。
「とにかく…今の状況をなんとかしなきゃ、ですよね」
「そうだね、頑張って」
「はいっ」
力強く頷くかなでの表情に、香穂子はほっと息をついた。
この調子ならもう大丈夫だろう。
「じゃあ早速戻って、最低でも一つ問題解決してきます」
「いってらっしゃい」
かなではペこりととお辞儀すると、走って屋上を出ていった。
「じゃあ…私はかなでちゃんが問題解決した頃を見計らって行こうかな」
香穂子はヴァイオリンを取り出しながら呟いた。
「…」
ここで一人風景を見たとたん、急にあの曲を奏でたくなったのだ。
…かつて二人でこの場所で奏でた『愛のあいさつ』を…。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ