長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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「…そうか?」
似ていない、とはよく言われる。
顔は兄弟だし、ばっと見確かに兄弟だと分かる。
だがある程度二人と付き合いが出てくると、社交的で感情豊かな響也に比べ人付き合いが苦手であまり感情が顔に出ない律は、似ていないと言われるのだ。
だから、ある程度の付き合いがでてきた大地がそんな事を言うのは意外だった。
「ああ、顔だけじゃなくて、意地っ張りで変なところで頑固で不器用なところなんて、似た者兄弟だよ」
大地は自信満々でそう言い切った。
「…」
「明日は日野さんが練習を見に来てくれる約束になっていたから、アンサンブル練習をすることになってるんだ。それまでに、この微妙な空気はいくらかでもマシにしておいてくれよ?」
大地はさらりとそんな事を言って、どこかに行ってしまった。
律はそれを見送りながら、ならその方法を教えてくれ、と思った。
…考えてみれば、響也とこんな喧嘩をしたのは初めてかもしれない。
響也はいつも律に対してプリプリ怒っていたが、それに対して律は別に気にもとめていなかった。
時々むっとすることはあったが、普段の考えがおっとりしている律がそれを言う前に、瞬間湯沸かし機のような響也の考えがそれ以外の所に行っているので、タイミングを逃してしまっていた。
それに、…正直ここまで感情が揺らぐような事は今までなかった。
それは多分…三人が無自覚に恐れていた、幼なじみ三人組の終焉を意味していたのだ。
性別を越えて、ずっと仲良し…という訳にはいかないのだ、もう。
かなでは女の子で…響也も律もそんな彼女を『特別な異性』として見ているし…かなでがどう思っていたのかはわからないが、この件て彼女も二人を『そういう対象になる異性』という事は自覚したと思う。
「…」
律はそこまで考えて、小さなため息をついた。
これから一体どうなるのか。
かなではどちらかを選択するのだろうか…。
「まさか、な」
律は自分が選ばれる事はないと考えていた。
かなでは自分の気持ちには気付いていないはずで、それならば、自分を選ぶなんて考えないだろう。
恐らく響也を選ぶか…どちらも選ばないか。
…そんな事を考えだすと、律はかなでに声をかけるのが怖くなってしまった。

…結局その日は律から二人に声をかける事も、二人から声をかけられる事もなく、暮れてしまったのだった。

そして翌日。

律は部の仕事があったため、誰よりも早く学院に来た。
普段の実務は大地にまかせているが、どうしても部長でないと出来ない仕事もあるのだ。
…というのはただの言い訳で、実際は響也やかなでと顔を合わせるのを極力避ける為なのだが。
そんな自分に情けなくなりながら、律は部室で書類に目を通し、部長印を押していく。
今はそんな事をして、気持ちを紛らわしているほうが楽だ。
そんな事を思っていると、部屋のドアががちゃりと開いた。
一緒に作業をする大地が来たのか、と律は気にも停めず作業を続けたが、それは意外な人物だったのだ。
「ここにいたのか、馬鹿兄貴」
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