長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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とはいえ、響也が一体どこにいるか分からない。
あれから時間が経っているから、もしかしたら音楽室にいるかもしれないが…気まぐれな響也はもしかしたらアンサンブル練習をサボるかもしれない。
…もしかしたら学院の外にいるかもしれない。
「…やっぱり電話で呼び出すか」
かなでが相手だっ分かると出ない可能性もある。だが、もしかしたら…と色々と考え、ダメもとだと結論を下した。
そして、かなでは携帯を取り出し、響也に電話しようと考えていた時だった。
「…小日向さん?」
「はっ、はい?」
緊張している所にいきなり声をかけられ、思わず上擦った声で反応してしまった。
そして振り返ると、きょとんとした顔をして自分を見ている蓮がいたのだ。
「…すまない、驚かせてしまっただろうか?」
「いえ、ちょっと考え事していたところだったんで。あれ?もうそんな時間でしたっけ?」
かなでは慌てて時計を確認した。
もし、アンサンブル練習の時間になってしまっていたらいけない。
だが、蓮は苦笑しながらそれを否定した。
「いや、まだ時間には早い。…少し用事があって…、そういえば香穂子をみなかったか?」
蓮のその質問に、かなでは一瞬きょとんとしてしまった。
…なるほど、そっちの用なのか。
蓮はかなで達の練習の前に香穂子に会いにきたのだ。
そして、あることに気づき、思わずクスクスと笑ってしまったのだ。
「…小日向さん?」
かなでのその態度を不信に思ったのか、蓮は眉を潜めるようにしながら尋ねてきた。
「あっ、すいませんっ。でっ、でも可笑しくて…」
かなでは謝罪しながらも、湧き出る笑いを堪える事ができなかった。
「…何が可笑しいんだ?」
蓮の眉が更に潜まっていくのを見て、かなでは慌てて笑みを押し殺した。
だが、それでも笑みを全て消し去る事は出来ず、かなでは口元を緩ませながら言った。
「だって、月森さん、私と会う時はいつも開口一番『香穂子は?』だなあって思ったら…」
「…俺はそんなに君に尋ねていただろうか?」
少し不本意そうに蓮はかなでから目を反らした。
だが、そんな一つ一つの動作のなかに、香穂子を想う様子が伺え、かなでにはそれが少し羨ましかった。
…自分もこんなふうに誰かに想われたい。…できれば自分が想っている相手に。
そして、詳しい事情は分からないが、想いあいながらもすれ違う二人が、上手く元の鞘に戻る事を願わずにはいられなかった。
「はい、それだけ月森さんが日野さんの事が好きなんだなって分かる位に」
「…大人をからかうもんじゃない」
かなでの言葉が図星だったようで、蓮は頬を赤く染めながら、取り繕うように一つ咳ばらいをした。
「…それで、話を戻すが…君は香穂子をみなかったか?」
とにかくこのままかなでのペースに乗せられると、ボロを出しまくるて思ったのか、蓮は半ば強引に話を戻した。
かなでも別に蓮をからかう為にそんな事を言っていた訳ではなかったので、話を再び戻すことなく頷いてみせた。
「はい、さっきまで一緒にいました。多分まだ…」
かなでがそう答えようとした時だった。
階段の上からヴァイオリンの音色が聞こえてきた。
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