長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
259ページ/260ページ

ようやく繋がった想い。
もう二度と結ばれる事はないと思った糸が、今度は二度と離れなくなるように強く結ばれていく事を感じながら、二人はお互いの温もりを感じていた。
そして、離された唇から、香穂子が蕩けるように囁いた。
「…月森くん…」
「…」
ただ、蓮は少し不満げな様子で香穂子を眺めた。
「どうかしたの?」
一瞬自分が彼を困らせるような事を言ってしまったのか、と不安に思ったのだが。
「…名前」
「え?」
「名前で呼んでくれないか?…昔みたいに」
「…あっ」
香穂子は蓮に指摘され、その事に漸く気づいた。
彼を忘れると決めた時から、香穂子は蓮を名前で呼ばなくなっていた。
それは…忘れなければいけないという気持ちからそうしていたのだが…、今はもうそうしている意味はない。
それに…他人行儀のように『月森君』と呼んでいることに、蓮は我慢ならないようだった。
「…蓮?」
香穂子は戸惑いながら、名前を呼んでみた。
「…香穂子」
蓮は一瞬体を震わせ、それからぎゅっと香穂子を抱きしめた。
「やっと…君を取り戻せた」
切なげにそう言われ、香穂子は再び涙が溢れ出てきてしまった。
その言葉に、香穂子の誤解がどれだけ蓮が苦しんできたのかがわかったから。
…離れている間、辛かったのは香穂子だけではなかったのだ。
「蓮…ごめんね…ごめんなさい…」
「謝らなくていい…俺も…俺が悪かったんだから…」
「でもっ…んっ…」
蓮は再び香穂子の言葉を遮るようにキスした。
「本当にいいんだ。それに今は…この幸せを噛み締めていたい」
「…うん」
香穂子も頷きながら、ぎゅっと蓮を抱きしめかえした。
…やっと戻ってきた。自分がいるべき場所へ。
今までに対する謝罪や、これからの事は、後でいい。…これから時間はたっぷりあるのだから。
「もう、離さないから」
「うん、離さないから」
二人はそう言って微笑みあい、どちらからともなく、再びキスをした。
そして、名残惜しげに離れると、蓮は少し残念そうに言った。
「…もう少しこうしていたかったが…そろそろ時間だな」
「え?…あっ」
幸せで蕩けそうな香穂子の頭に、漸くかなで達の練習の事が浮かんだ。
「…早く行ってやらないと」
「そうね」
二人ともそう言いながらも、なかなか離れる事が出来ない。
とはいえ、真面目な二人にサボるという言葉はなく、ヴァイオリンを片付けると、二人は屋上から出た。
そして。
「あ、蓮、悪いけど先に行ってて?」
香穂子が階段を降りながら言った。
「構わないが…どうかしたのか?」
「んー?ちょっとお化粧治ししないと」
かばんから鏡を取り出し、自分の顔を確認すると、先ほどの涙でファンデーションが崩れていることに気づいた。
「そうか、じゃあ先に」
そうして、二人は途中で分かれ、蓮は先に音楽室に向かったのだった。

その頃、音楽室では、ハルと大地が皆の到着を待っていた。
「大丈夫ですかね」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ