長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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楽器店に不用意に置いてあったヴァイオリンが、見た目からも名器だと分かるものだった。
ヴァイオリンをやっていれば、触りたいと思うのは致し方ない衝動で、響也はついそれに触れた。
だが、それは冥加のものだったらしく、それに気付いた冥加は響也を吹っ飛ばしたのだ。
「汚い手で触るな!」
そう怒鳴られれば響也だって黙っていられない。
別に盗もうと思った訳ではないし、商品かと思って触れたのだから。
だが、ここは楽器店。
少し大きめのそこは学院の生徒もよく利用する、つまりは人目の多い場所な訳で。
かなでは慌てて二人の慌てて二人の間に入った。
すると、かなでを見るなり、冥加の様子が一変したのだ。
「小日向…かなで?」
「え?」
かなでは目を丸くして、冥加を見た。
「…そうか。貴様…この街に来た、か…」
そう呟くようにひとりごちると、冥加はぞっとするような冷たい視線で、かなでを睨んだ。
そして、そのままかなでを見ながら言った。
「お前を叩き潰すチャンスを神は俺に与えてくれた」
…と。
そして、そのまま二人を置いて店を出て行ってしまった。

そんないきさつは響也もかなでもあまり気持ち良いものではなかったし、今はそんな事にかまけている暇はない、という事もあって、忘れることにしたのだ。
その嫌ないきさつを思い出し、響也は不快極まりない顔をしながら答えた。
「あっちが因縁つけてきたんだよ」
「…因縁?」
律があまり聞こえの良くない事を聞いて眉を寄せると、タイミングが良い…というのか、冥加のほうもかなで達に気付いたようで、かなでを不愉快そうに睨みながら近づいてきた。
「小日向かなで…。貴様もこの大会に出るのか」
「え?あ、は、はいっ。一日目みたいですが…」
「…ふっ」
冥加はかなでの返事を聞くと、小さく笑った。
そして、鋭い目つきでかなでをみながら答えた。
「では…必ず勝ち続けろ。そして…全国大会決勝という最大の見せ場で、俺は貴様を倒す」
「…」
冥加はそれだけ言うと、仲間のもとに戻っていった。
「…なんですか、あれは」
ハルが不愉快そうに言った。
「…ひなちゃん、冥加に恨まれるような事、したの?」
大地が心配そうに尋ねてきた。
だが、かなでは心当たりがまったくない。
「…全然覚えがないんですが…」
かなでが困ったように眉を寄せていると、律が少し難しい顔をしながら呟いた。
「…だが、どこかて会ったような気がする」
「え?どこだよ?俺はあいつとはあの店が初対面だぞ?」
「…かなり昔だ。多分どこかのコンクール会場…だと思う。多分小日向の応援かなにかで、俺や響也は出ていなかった、そんな大会だ」
「そんなって…そーゆー大会いくつあると思っているんだよっっ」
響也は呆れたように言った。
三人一緒にヴァイオリンを習っていても、同じ大会にいつも参加していた訳ではない。
だから、かなでだけ出ていたコンクールもいくつかある。
その中からどうやって記憶をたどれ、というのか。
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