長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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「はい。それを終えて、自由曲をどれにするか、いくつかチョイスしようかなって思って…。ここには、沢山アンサンブル用の楽譜があるって聞いてましたから」
かなでが答えると、香穂子は楽しそうに顔を綻ばせながら言った。
「ああ、そうそう。ここには沢山あるもんね」
「はい。私がいくつかピックアップして、そこからみんなで最終的に選ぼうかなって…」
「そっかそっか。あ、じゃあ私もそれ、手伝ってあげようか?」
「いいんですか?」
かなでが驚いて尋ねると、香穂子はうれしそうにこくりと頷いた。
「もちろんよ。可愛い後輩の役に立てるなら」
「ありがとうございます」
かなでがうれしそうにお礼を言うと、隣の律もほっと息をついた。
「では、俺の用が済むまでお願いできますか?すぐに戻ってきますので」
「了解しました」
香穂子が頷くのを確認すると、律は準備室を出ていった。
それを送った二人は、早速楽譜の詰まった棚を漁りだした。
「えーと、アンサンブルの形式は?」
「弦楽四重奏です。律くん…さっき一緒にいたあの人と、響也…って弟のほうですが…が課題と自由のそれぞれファーストで、私が両方のセカンドなんです」
「そっか。うーん、みんなの音楽スタイルが分かるともっと選びやすい、かな」
そんな香穂子の問いに、かなでは少し迷いながら答えた。
「えーと、チェロのハルくんは、とにかく正確に音を奏でるタイプです。周りもちゃんと聞いていて、ちょっとの誤りもすぐに分かっちゃうような、そんな感じです。大地先輩は、普通科なんですが、ヴィオラを高校に入ってからやりはじめたと思えない位、明るく華やかな音を奏でます。響也は…見たまんですね。力強いというか、ぐいぐい引っ張る感じ。でも…一人で暴走するのかな?って心配になるけど、でもちゃんと周りに合わせられる技術があります。律くんは…、私が今まで聞いた同世代の人の中で、一番上手な人です」
「…同世代で一番上手…」
香穂子はそんなさりげない一言に、表情を曇らせたが、かなではそれに気づいていない。
「時々、私もあんな風に演奏できたらなぁって理想の音を奏でてくれて…」
「…そう、なんだ…」
「…って、私ってば何を語ってるんだろ?すいません」
かなでは夢中になって、おかしな事を口走ってしまった事を恥ずかしく思った。
だけど香穂子はそんなかなでの話を穏やかに微笑んで見ていた。
「ううん、構わないわよ。ふふっ、えーと、かなでちゃん、…でいいかな?」
「はっ、はいっ」
「かなでちゃんは、あの律くん、って子が好きなんだ?」
「え、ええっ!な、なんで分かるんですか?」
香穂子に言い当てられ、かなでは思わず真っ赤になってしまった。
…かなり感情豊かなのに、分からない訳がない。
香穂子はそうツッコミしたかったが、流石にそこまで出来ず、別の話でごまかした。
「昔からね、他人のそういう所には敏感だったの。…自分の事に関しては鈍感なくせにって、友達によく言われていたわ」
「ははっ。…でも…そうやってみんなにはばれているのに、当の律くんは気づいていないみたいで…」
「…あー、なるほど。ま、まあ、そういう人、結構いるから…」
香穂子は困ったように笑いながら答えた。
「そうなんですか?日野さんの周りにもいたんですか?」
「…」
香穂子がかなでの言葉に、困ったように詰まった時、準備室のドアが開いた。
「あれ?律くん早い…って、あれ?」
律が戻ってきたのだが、一人ではなかった。
かなではその人を見て少し気まずい気持ちになった。
…だが、かなで以上に香穂子が動揺していた。
「…月森…くん」
「…香穂子…久しぶり」
蓮は複雑な笑顔を見せながら、香穂子に言った。
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