長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
4ページ/260ページ

1.再会

(1)Side律×かなで

『お前はこのままで終わるのか?』
そんな手紙を貰ったのは、二年になった春の発表会の後。
宛先は分からなかったが、その一言はかなでには堪えた。
祖父がヴァイオリン工房をしている関係で、ヴァイオリンはかなでの生活の一部になっていた。
習い始めてから、その音色に惹かれ、演奏する喜びを知って。
…気が付くと、周りは自分を高く評価していった。
かなでにしてみれば、そんな評価なんて別にどうでもよくて、幼なじみの律や響也と、楽しくヴァイオリンを奏でていることが一番の楽しみだったのだが。
だけど、その才能も最近は影を潜めているように、かなでの音楽はいびつに歪み始めた。
その理由は、自分でもよく分からない。
別に体のどこかを悪くした、とか、精神的に不安定になっているとか、そんな事ではない。
一種のスランプなのだろう。
でも、そんな事はかなでにはどうでもよかった。
いつまでもヴァイオリンを奏でる事さえできれば。
…今、ここにどうしても私の音を聴いて欲しい人はいないから。
そんなほんの少し投げやりな気持ちのまま、高校に進学した。
ヴァイオリンは好きだが、特に音楽科を専攻する事はしないで、今までと同じように教室に通い、好きなように弾いていればいいと、…そう思っていた。
だけど、送り主の分からないその手紙を見た時、かなでは覚った。
…今のままで本当にいいの?
私はこのまま、趣味のままヴァイオリンを奏でていていいの?
そう考えた時、頭に浮かんだのは…律だった。
いつも前だけを見て、夢に突き進む真っすぐな瞳が思い浮かんだ時、かなでは胸がずきっとした。
高校進学してから、こちらには帰ってこない幼なじみ。
もし…ここで再会した時、自分は真っすぐ彼を見る事ができるだろうか?
答えは…否、だ。
会わなかったこの数年で、彼は更に成長しているだろう。
だけど、自分は全くそれがない。
「…このままじゃいけないよね?」
ヴァイオリンで食べていこう、とか、将来はソリストになって、とか、そんな夢はまだ見れないけれど。
大好きなヴァイオリンと、これ以上歪んだ付き合いはしたくはない。
そして、時間はかかるかもしれないけれど、あの頃の自分を取り戻そう。
そう思った後のかなでの行動は早かった。
ヴァイオリンを本格的に習うなら、やはり音楽科のある学校がいい。
そして、今から自分がどうなっていくのか、真っすぐ見てくれるであろう人の側にいたい。
そんな理由であっさりと星奏学院に転校するのを決めると、両親や祖父を説得し、転校の手続きと試験についてまで調べあげ、どんどん支度を始めた。
そして、そんなかなでに巻き込まれるように、響也もまた、星奏学院への転校が決まってしまった。
…曰く、『かなでの暴走を近くで監視してくれとかなでの親に頼まれた』のだそうだ。
そして、試験も無事に…というか、なんとか合格すると。
二人は晴れて星奏学院の生徒となったのだった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ