長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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(3)Side律×かなで

香穂子達と別れ、ピックアップした楽譜を持って、かなでは律と一緒に寮に帰った。
同じ場所に帰るのに、別々に帰るのもおかしな話、という事からそうなったのだが。
…さて、何の話をしようか。
かなでが一生懸命考えていると、律のほうから話しかけてきた。
「…良かったな、いいアドバイスをもらえて」
「う、うん、そうだね…」
かなでは楽譜を入れたバックを見せながら頷いた。
「ご利益ありそうな楽譜を教えてもらえたし…」
「ああ」
「これで東日本大会をクリアして、それから…全国も…」
「そうだな。その為には明日から練習を頑張らないとな」
「…う」
かなでは小さく唸った。
「どうかしたか?」
「…私が一番頑張らなきゃって…」
「そうだな」
律はきっぱりと頷いた。
…確かに自分でも自覚しているけれど、はっきりと言わなくてもいいではないか、とも思う。
でも…律らしいといえば律らしい。嘘がないからその言葉に重みがある。
「この大会は…小日向、お前が鍵を握っている、と俺は思っている。だから、…大変かもしれないが、お前には頑張って欲しい」
「…う、うん」
だから、こんな風に期待されると、自分でも頑張ろうと思う。
自分でも単純だと思うが、仕方ない。それが律の力なのだ。
「律くんの期待に沿えるようにがんばります」
かなでが笑顔でそう答えると、律はそんなかなでを見て、笑った。
「期待、してる」
「…うん」
かなでは律の笑顔にドキドキしてしまう。
そんな優しい笑顔を見せられたら、少しは期待…してもいいのかな。
そんな事を思っていると。

…ピーッ、カシャッ

「んー、いい写真が撮れたぞ。題して『君の笑顔に恋してる』」
「…」
「…ニア…」
睨む二人にも動じる事なく、ニアは先程撮ったものを満足げに眺めた。
「ふむふむ。小日向はともかく、こんな表情の如月兄は初めて見たからなぁ。我ながら会心の出来映えだ。後でバネルにして二人に進呈しよう」
「いや、いらないし」
「おや、本当にいらないのか?」
「…え?」
「この写真を見て、それが言えるかな?」
ニアはそう言うと、かなでにその画像を見せた。
そこには…、かなでを見て微笑む律が映っていた。
そんな優しい表情で自分を見ていただなんて思うと、ようやく治まった鼓動が再び早くなる。
そんな鮮やかな瞬間を確かに消せ、というのは、かなでにはさすがに言えず。
「ふふっ、では近々これはきちんと現像して、進呈するので楽しみにしているのだぞ?」
そう言うと、ニアは二人の間をするりと抜けていった。
「ニア、一緒に…」
「まだ馬に蹴られたくはないからな」
「なっ…」
自分の言葉に動揺するかなでを見ると、ニアは満足げに微笑み、手を振りながら駆け出していってしまった。
「まったくあいつは…」
律は呆れたようにニアの背中を眺めた。
「ごめんね、あの写真、何とかするようにニアに言っておくから」
かなでが申し訳なさそうに、律に言うと、律は苦笑しながら答えた。
「…出来たらでいい。支倉にお前が対抗できるとは思えないからな」
「…」
かなでは確かに、とため息をついたのだった。
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