長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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(4)All Cast

あれから数日が経った。
香穂子は蓮から貰った連絡先を見ながら悩んでいた。
…これを連絡先に登録すべきか、否か。
九月からの学院での仕事の事を思えば、連絡先を控えておくのがいいのは分かっている。
だけど…、と香穂子は躊躇うところがある。
…忘れようと思っていた想いが頭をもたげてくる。
これは、その為の唯一の繋がり。
でも…、そんな事を考えてしまう自分が嫌だ。
蓮は自分とは違う人を自分の道を歩いているかもしれないのに、…もしかしたら、と期待する事なんてしたくないのに。
香穂子は小さくため息をついて、そのメモを手帳にしまった。
「日野さんお待たせ」
その時、楽団事務所に河野がやってきて、声をかけてきた。
「いえ、私も今来たところです」
香穂子が笑顔で答えると、河野はほっとしながら、香穂子の正面に座った。
「まったく、伊沢さんがなかなか来ないから、日野さんを待ちぼうけさせちゃっているかもって、焦ったよ」
「すいません」
河野と共に来た伊沢が恐縮そうに頭を下げた。
「ちょっと仕事の連絡が入ってしまって…」
「仕事?」
「ええ、河野さんに審査員になってくれっ、て急遽の依頼ですよ」
伊沢はため息をついた。
「なんでも、審査員の一人が事故にあってね。別に命に別状はないんだが、しばらく入院せざるを得なくて、代理で誰かって探しているらしいんだよ」
「あら大変」
「何人か打診しているみたいだけれど、スケジュールだの自分の出身校が出るだのっていうんでなかなか見つからないみたいで…」
「出身校?」
「ああ。ほら、こんど横浜で開かれるだろう?全国学生音楽コンクール。それの高校室内楽の審査員なんだけど…」
「ああ、あれ、ですか」
香穂子は先日のかなで達の様子を思い出し、頷いた。
たしか彼女達が参加するといっていた大会だ。
「昨日も、あの月森氏に頼んで断られた、って言っていたし…」
「…え?」
別の事を考えているところに、いきなり蓮の名前が出てきて、香穂子はびくっとしてしまった。
「今、日本にいるらしくて、しばらくはいるっていうんで打診してみたらしいんだけど…断られたって」
「あ、ああ、そうか…うん、断るよね」
香穂子が納得したように頷くと、伊沢は不思議そうに香穂子を見ながら尋ねた。
「日野さん、月森氏を知っているんですか?」
「え?…ええ、まあ。ほら、私たち星奏学院出身ですから」
「なるほど」
河野が納得したように頷いた。
「そういえば、東日本大会に、星奏学院も出場するんだったな」
「ええ。月森くん、どうしても後輩に甘くなる判定をしそうだって、そう思っているんじゃないかしら。それに、学院の理事長からも、出場メンバーの面倒というか、アドバイスをしてくれ、なんて頼まれていたし…」
香穂子が苦笑しながら答えると、河野は少し驚いている表情になった。
「よく知っているね、そんなに詳しく」
「…え?ああ、私も頼まれているんです。ほら、九月からの仕事絡みで」
「…ってあの特別講師の?あの月森氏が、君と?」
「ええ。…って私と月森くんだけじゃないですよ」
香穂子は困ったように微笑みながら答えた。
「あ、そんな事より、河野さんはその審査員、受けるんですか?」
香穂子は半ば強引に話を戻し、河野に尋ねた。
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