長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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「ゆ、有名人もなにも…そうか、確か星奏出身って…」
響也は香穂子を見ながら、興奮したように言った。
M響といえば、規模が小さいながらもファンの多い楽団で、ここのコンマス・コンミスを経てソリストになった人もいる。
そんな楽団のコンミスが目の前にいるとあれば、ヴァイオリニストの端くれとしては興奮せざるを得ない。
「あははっ、私なんてまだまだ大した事ないわよ?もっと凄い人達は沢山いるんだし」
香穂子はからりと笑いながら答えた。
「でも、俺達には凄い人です」
「あははっ、ありがと」
「…ともかく、だ」
少し興奮気味の響也を制し、理事長は額を抑えながら言った。
「君達も今日からこの学院の一員になるのだから、その自覚を持って生活してくれ。そのほか詳しい話は職員室で書類等を確認してくれたまえ」
「「はい」」
「頑張ってね?」
香穂子のそんな言葉と笑顔に見送られながら、二人は理事長室を後にした。

それから二人は職員室で担任となる教師と顔を合わせたり、カリキュラム等についてを確認したりして、ようやく解放された。
「明日からいよいよここでの本格的な生活が始まるのねぇ」
かなではしみじみと学校の様子を眺めながら言った。
「しっかしいくら私立とはいえ、無駄に広いよな、この学校。それにやたらと古くさ…いやクラシックだな」
「そうね。ちょっと独特の雰囲気あるよね」
二人がこれからの生活に期待と不安を抱きながら歩いていると、少し先がざわついていることに気づいた。
「あれ?何やってるのかな?」
「さあな」
興味なさげな響也とは裏腹に、かなではかなり気になりだした。
「ちょっと見ていかない?」
「めんどくせぇよ。それに家を出てからバタバタしてたんだぜ?早く寮に行ってのんびりするのが先じゃね?」
「えー?明日になったら分からなくなっているかもしれないじゃない?だから行こうよ?」
「…っておいっ」
かなでは響也を引っ張るようにしながら、そこに向かった。

そこは何故か人だかりになっていて、楽譜を持ってぶつぶつ言っているものや、エアなんちゃら…のように、楽器を持って演奏しているようにしているものなどがいた。
「コンクール…いや、オーディション?」
「…みたい、だな」
なんとなくその場は自分達にそぐわないように感じ、かなで達はそっとそこから抜けようと思った。
だが。
「あっ、君達!まだ試験受けていないのかい?ヴァイオリンはあと少しで終わりなんだから、早く支度してっ!」
「「え?」」
一人の男子生徒が、かなで達を見つけ、いきなり手を引っ張ってきた。
「お、おいっ!」
いきなり手を引っ張られ、戸惑う二人を無視し、男子生徒は部屋の中に入った。
「部長、まだヴァイオリン専攻が二人いました」
「…?」
「あれ?これでおしまいじゃなかった?」
「はい。ほら、二人とも中に入って!」
男子生徒に背中を押され、部屋の中に入り、戸惑いながら部屋の中をかなでは確認し…、そして、目を丸くした。
「うそっ!律くん?」
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