長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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香穂子が急いで待ち合わせ場所に向かうと、相手は香穂子に笑顔を見せながら言った。
「そんなに慌てなくてもよかったのに」
「うちのマエストロを待たせるなんて出来ないじゃないか、河野さん」
香穂子はクスクスと笑いながら答えた。
香穂子の待ち合わせの相手は、同じ楽団の指揮者で河野といった。
香穂子とは5つほど年が違う位だが、主任指揮を任されている程の実力者なのだ。
そんな彼と、今日は近くのサロンで開かれる小さなコンサートに行く約束をしていた。
「まだ少し早いから、どこかで軽く食事を取ってから行こうか?」
「あ、いいですね」
香穂子が頷くと、河野は辺りをキョロキョロとしながら店を探した。
「あ、あそこにしようか?」
河野が選んだのは、カフェだった。
よくある店だが、香穂子はそこに行くのを躊躇った。
「…今時間だと、ああいうお店はきっと混んでいますよ?」
「…そうかな?」
「ええ。ほら、学生がいっぱいで。私もよくお世話になったし」
「そうか、星奏の人のたまり場みたいになってるのかな?」
「…ええ」
香穂子は曖昧に笑いながら頷いた。
「だから、別の所にしませんか?私穴場知っているんです」
香穂子は河野の腕を取りながら言った。
「地元の君が言うなら楽しみだな」
「でしょでしょ?だからそちらに行きましょ?」
香穂子はそこから逃げるように、足早に別の店に向かったのだった。

そして、二人で細い路地にある軽食屋に入り、そこでゆったりとした。
「で、星奏の理事長からの呼び出しって何だったの?」
興味深げに河野が尋ねた。
「ああ、学院で在校生に対して、特別講義みたいなのを不定期にやりたいんだそうです。それの講師をやってみないか?って、誘いの話です。…誘いって言っても、ちょっと強引で、半ば命令みたいなんですけどね」
「へえ?」
「在校生がかしこまらず、そこそこ音楽的実績を持っている人をって事らしんですが」
「へえ?じゃあ、その実力者に選ばれたんだ。さすがうちのコンミスだ」
「はははっ」
香穂子は苦笑しながら頭をポリポリとかいた。
「まあ、理事長とは色々縁があって知り合いだったから声をかけてきてくれただけだと思うんですけどね」
「いや、それでも凄いよ。理事長の眼鏡に適った訳だしね」
「そうですかね?まあ、私だけでなく、他にもメンバーがいるみたいですけどね」
「そうなんだ。じゃあ、そのメンバーって誰なんだろうね?」
「え?」
「君に声をかけてきたのなら、実力なんかもあまり変わらない奴らなのかな?って。ちょっとした個人的興味なんだけどね」
「…」
香穂子は河野に言われて、そういえば…と思った。
自分がそんなのに選ばれたという事で、他にどういう人物が選ばれたかなんて聞く事は無かった。
…一体誰が選ばれているんだろうか?
「ま、これから分かるんでしょうね、きっと」
「…君は楽天的だね」
河野が可笑しそうに笑った。
「それが取り柄ですからね」
そんな河野に対して、香穂子は開き直ったように言ったのだった。
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