長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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「あれ?先生はトランペットですよね?確かあの方達はヴァイオリンだったはずでは?」
八木沢が不思議そうに尋ねると、火原はクスクスと笑いながら答えた。
「うん。でも星奏の学内コンクールは一風変わっていてね。他にもフルートやチェロ、ピアノにクラリネットってバラバラ。唯一あの二人だけヴァイオリンで一緒で…。ヴァイオリン・ロマンスなんて実現させちゃったから、学校じゅう大騒ぎだったけど」
「えっ?あのお二人やっぱり…?」
かなでは目をキラキラさせながら尋ねた。
「…あ。まあ、そうだけど…今は…」
火原が気まずい様子で言葉を濁すと、衛藤が小さなため息をつきながら、その話を受けとった。
「ま、大方蓮さんが誤解させるか、ヴァイオリンに夢中で香穂子を放置してたのを、香穂子が変な受け止めかたしてうだうだしたってのが真相なんじゃねぇの?どっちにしても、いい大人なんだから、二人でなんとかするんじゃねぇ?」
「でも…何かあればあの二人を中心にしてたからさ。やっぱり仲良くしていて欲しいなあ」
火原はぎこちない様子の香穂子達を見ながら呟くように言った。
かなでもその視線を追うように香穂子達を見た。
確かに…香穂子はわざと蓮から視線をそらすようにしていたが、蓮は真っすぐ香穂子を見つめていた。
その瞳には、香穂子への甘い恋心が見え、かなではそれが羨ましかった。
…いつか、あんな風に律くんに見つめられたいなぁ。
「…小日向?」
そんなかなでの二人を見る視線が、律には気になった。
「小日向は…月森さんが好きなのか?」
「…はい?」
「いや、じっと見ていたから…」
かなでは律の見当違いの言葉に、思わずかくっとした。
…確かにこの状況ではそう思っても仕方ない…と、半ば心を整理しながら否定した。
「違うわよ。…お二人が幸せになればいいなぁっては思ったけど」
「…そうか」
かなでの答えに律はほっとした。
…なぜこんな事でほっとしているのか、自分にも分からない。
だが、かなでの想う相手が蓮でない事にほっとしているのだ。
…いや、かなでの二人を気遣う気持ちに、か?
自分の心が分からなくなった律は…、とりあえず目の前の食事に集中することにしたのだった。


そんな会話がされているとは全く気づいていない香穂子と蓮は、注文したあとは、業務的な打ち合わせに入った。
「…じゃあ、月森くんはソロを教えるんだ」
「ああ。一応何人か選抜してもらって、複数の人数で、と思っている。他人の音を聴く事で、自分の長所や短所に自ら気付いて欲しいし…他人の音を聴くだけでも、かなりの収穫になるしな。君は?」
「私は…やっぱりオケやアンサンブルかなぁ。個人個人の技術も大切だけれど、何かしらの目的で、一つに纏まることの面白さを実感してもらいたいし」
「君らしいな。だが、それはいい目標になる。俺のようなものはどうしても音楽科だけになりそうだが、君のほうは普通科にも門戸が開けそうだ」
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