短編

□おまじない
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「コンクール、ですか?」
「そう、ちょっと規模の大きな大会があって…、貴女と如月くんをエントリーしたいと思っているんだけど…どうかしら?」
かなでがそんな事を教師から打診されたのは、あの熱い夏が終わり、そろそろ風が秋の気配を連れてきた頃だった。
「如月くんて…律くんですか?」
そんな事を尋ねるかなでの後頭部を、誰かがポカリと叩いた。
「いったーい!」
「お前、時々俺の存在を忘れるよな」
かなでを叩いた犯人は、呆れたように言った。
「あ、響也か。…って、もしかして響也のほうだったの?」
「あのなぁ」
響也は呆れたようにため息をついた。
「こういった場合、お前と同い年の俺のほうが自然だろうが、それに、今時期は律の奴も、受験勉強も本格的になるだろうし、それに…」
「あ、そうか…」
響也が口ごもる理由を察し、かなでは眉を寄せた。
律は腕に爆弾を抱えているような状態なのだ。
全国大会で、2ndを務められる程度までは回復したが、コンクールなどに参加するには、まだ厳しい状態なのだ。
一部では、復帰は無理だと囁かれているが、かなではその噂を真っ向から否定している。
…律くんの腕は、絶対に治る。
その為には今は無理してはいけない。
だから、コンクールなんて出る訳はなかった。
「…まあ、そういう訳なんだけど…二人ともやってみない?過去にこの大会にうちの生徒も参加している人は結構いるけど…、これで上位に入った人は皆、一線で活躍しているのよ。だから、是非参加してもらいたいのよ。どうかしら?」
「どうかって言われても…」
二人とも返事をためらった。
このコンクールは学校や音楽教室からの推薦枠と、予選を勝ち抜いてきた者と参加者の形態が二つに分けられていて。
音楽教育の名門、星奏学院からは二つの枠が与えられているらしい。
その貴重な枠に、学院に転校したての二人が納まってしまっていいのか、と、つい考えてしまったのだ。
「夏の大会で、学院に久々にトロフィーをもたらしたアンサンブルメンバーなんですもの、その資格は充分すぎるほどあると思うの。だから…」
「あの…少し考えさせてもらっていいですか?」
かなでは困ったように言った。
「ソロでの大会は久々だし…何となく心の準備が出来ていなくて…その…もうちょっとでいいんで、参加するかどうか考えさせてください」
「あ、俺も同じ理由。たっぷりなんて言わないからさ、二、三日でいいんだ…。頼むよ、先生」
便乗するように響也からもお願いされ、教師は困ったように眉を寄せたあと、小さく頷いてくれた。
「まあ、ちょっといきなりすぎたものね。夏の活躍ですっかり忘れていたけど、あなた達は学院に来てまだ日も浅いし…。そうね、二日位猶予をあげるわ。じっくり考えてみて?」
「「ありがとうございます」」
講師のその好意に感謝し、二人は頭をさげたのだった。
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