拍手・短編

□キスから始めよう
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加地には憧れの人がいた。
彼女のヴァイオリンの音色に惹かれ、転校までしてしまうほどに。
そして、星奏学院に転入し、同じクラスにいたのを知ると、少しだけ運命を感じていたりしたのだが。
…彼女には別に運命の人がいた。
彼女の相手は同じ学校の音楽科で、やはりヴァイオリンを弾いていた。
加地は一方的だったが彼を知っていた。やはり魅力的な音を出す人物として。
性格は…いたってクールと評判だが、加地からしてみれば、単に不器用で素直になれないだけだ、と思っている。
特に、彼女の事に関しては特にそうだと思う。
だから、ついお節介をやきたくなってしまうのは、仕方ない事だと思う。
そして、そんな加地に同調する人もいた。
やはり二人の間を気にしているようで、何かにつけ、彼女の心配をしていた。
そして、二人の恋のお節介をしているうちに、その人とも親密になり…。
年も明けた今は、加地にとって一番気になる存在になっていたのだった。


3学期の始め、加地が通学路を歩いていると、長い髪を揺らして、いつものように爽快に歩いている後ろ姿を確認した。
「おはよう、天羽さん」
声をかけると、勢いよく振り向いて、笑顔を向けてくれた。
「ああ、おはよう、加地くん」
「今日も寒いねぇ」
「あははっ、その割には元気そうだね?」
「いやぁ、こういう時ぐらい、元気な声をあげないと、寒くて死んじゃいそうにならない?」
「あはははっ、かもしれないねぇ」
加地は天羽とよくこんな会話を楽しんでいた。
なんとなく感覚が似ているのかもしれない。
それは…恋とは違うかもしれない、まだ。
でも、憧れや淡い想いとも違くて、一体これをどう呼べばいいのだろうか。
そんな事を考えながら歩いているうちに、二人はいつの間にか学校まで来てしまっていた。
校門からエントランスを抜け、普通科校舎に入る。
そして二年のクラスが並ぶ廊下まで来ると、天羽とはお別れ。
「じゃ、またね」
そう言って、あしどりも軽快に歩いていく天羽を見ていると、加地は微妙な気分になるのだった。
教室に入り、自分の席に着くと、隣に座っていた香穂子が声をかけてきた。
「おはよう、加地くん」
「おはよう、日野さん。早いね?」
「…月森くんと早朝練習をね、してたんだ」
香穂子は照れ臭さそうに言った。
「そっか。新年早々からお熱い事で」
「…って何その言い方」
香穂子はジロリと加地を睨んだ。
香穂子はこの前のクリスマスに、ずっと想いを寄せていた月森と付き合う事になった。
留学の予定のある月森に告白するのか、というか、月森本人の気持ちも掴めなくて、切ない想いをしていたのを加地はよく知っている。
知っているが…、その後あっさりとまとまった二人を見ると、厭味の一つでも言ってやりたくなる。
…まあ、なかなか自分の気持ちも相手の気持ちも掴めない今の自分には、二人がうらやましいというやっかみもあったりするのだが。
だけど、そんな事を口に出せる訳はなくて。
「いえいえ、ラブラブなのは良いことですね、って事だよ?」
と、さらっと言ったのだった。
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