企画

□僕ときみとの心の距離
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テスト一週間前から、大会等の特別な理由がない限り、部活動は制限される。
朝や放課後の部活動がないことで、校内は静まり返っていて寂しい。この静けさがいけないのだと、夕焼け色に染まる廊下を歩きながら、ため息をひとつこぼした。
部活動がないということは、烏養くんに会えないということだ。バレーボール部のコーチである彼は、部活動がなければ学校にはやってこない。今までなら、毎日でも会えていた烏養くんに、もう何日も会っていなかった。


そーっと外から覗いた坂ノ下の店内では、いつものように烏養くんがカウンターで新聞を読みながら煙草を吸っていた。
外で二、三回、深呼吸を繰り返すと、思い切って扉を開ける。

「こ、こんにちは」

ちいさく声をかけると、烏養くんが新聞から目を上げた。くわえていた煙草を落としそうになり、慌ててくわえなおしている。

「買い物に、来ました…」

烏養くんに会いに来ましたとは言えなかった。
烏養くんは頷きながら、くわえなおした煙草を灰皿に押し当てて消していた。

「どうぞ、どうぞ。大したものは、ないけど」

どうぞと棚を促し、自嘲気味に笑った。
くるくると店内を見て歩きながら、なんて声をかけようかと考える。烏養くんを見ると、再び新聞を読み始めていた。

「烏養く」
「先生、何、探してんの?見つかった?」
「え!?は、はい」

手近にあったお菓子を掴むと、レジカウンターへと持っていった。
烏養くんは、お菓子と僕を交互に見ると金額を告げた。

「学校、終わり?」
「いえ、戻ります」
「そっか、頑張って」

それだけで、会話は終わってしまった。
お金も払ったし、商品も受け取った。もう、ここに居る理由がなくなってしまった気がした。

「いつまで立ってんの?」
「あ、はい。そうですよね…」
「学校、戻るんだろ?」
「はい…」

せっかく会ったのだから、もうすこしだけ、

「なら、早く行ったほうがいいんじゃねぇか?」
「…はい」

もうすこしだけでいいから、烏養くんと話がしたい。
でも烏養くんを見ると、そう思っているのは自分だけかもしれないと考えてしまう。

「先生?」
「いえ、何でもありません」
「何でもないなら、そんな顔するなよ」
「そんな顔って、」
「泣きそうな顔」

そこで、自分がどんな顔をしていたのか気づいた。
僕は首を振って、否定した。

「泣いてませんよ」
「だから、泣きそうなって言ってるだろ?あんたにそんな顔されると、どうしたらいいか困る」

烏養くんは本当に困っているようで、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。

「何で烏養くんが困るんですか。どうしたらいいかわからないのは、僕のほうです」
「え?」
「ずっと会えてなかったから、烏養くんに会いたくて、話がしたくて、ここに来ましたけど、烏養くんは、そうじゃないみたいですし」
「ちょ…」
「僕だけ、好きなんじゃないかと」
「ちょっと待て!」

烏養くんが大声をあげた。

「なんで、そうなる!」
「え?」
「だから、なんで、俺があんたに会いたくないとか、好きなのは自分だけとか、そういうことになるんだよ」
「さっき、早く行けって言ったじゃないですか」
「それは、あんたが学校に戻るって言ったからだろ。俺は、ちゃんとあんたが好きだし、会いてぇし……なのに、なんでうまく伝わんないかな」

最後は独り言のように呟いた烏養くんは、もう一度頭をぐしゃぐしゃと掻いた。

「俺に会いたいなら、いつでも来たらいいだろうが?」
「いいんですか?」
「会うのに理由とかいらない」
「そうですね」
「俺もあんたに会いてぇんだから」

そう言って烏養くんは、照れたように笑った。その表情を見たのは、二度目だと思った。
告白されたときと、今だ。

「先生、学校に戻るんだろ?」
「はい」
「いっしょに居たいんだったら、着いてって、終わるまで待っててやろうか?」
「店番サボっちゃいけませんよ。また、あとで来ます」
「うん、待ってる」



end.
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