企画

□充電完了
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胸に何かが当たった重みと痛みで目が覚めた。
何事かと思った何かは、隣のふとんで寝ていた田中の腕で、その田中はさらに隣の日向に蹴られている。日向から逃げるために転がった田中の腕が、こちらにぶつかったらしい。うーうー唸る田中を押し返す。すっかり目が冴えてしまった。
田中とは反対側のふとんを見る。そこに寝ているはずのスガの姿はなかった。

「スガ…?」

薄暗い中で確認した時刻は、午前一時を回っていた。
こんな時間に、一体どこへ行ったのか。戻ってくる様子のないスガが心配になり、俺はふとんから出た。

すでに消灯している施設内をあてもなく歩く。
自動販売機が置かれている一画まで来て、スガを見つけた。自販機の青白い明かりを受けて、横に置かれたソファに座っている。

一瞬、泣いているのかと思った。

声をかけられずにいると、気配に気がついたのか、スガがこちらを見た。

「大地…」
「えっと、喉、渇いて、」

とっさに嘘をついてしまった。自販機の前まで移動しながら、スガの様子を窺う。泣いてはいないようだった。
自販機の前に立ったところで、お金を持っていないことに気づいた。
いつまでたっても、何も買わない俺に対して、スガの声が聞こえてきた。

「それ、お金入れなくても、出てきたらいいのにね」

苦笑する俺に、スガがお金を差し出した。よく見るとスガの手には、炭酸飲料の缶が握られている。
スガと同じものを買うと、隣に腰を下ろした。
静かな空間に、缶を開けたときのプシュッという炭酸が抜ける音が響いた。

「いつから、ここに居るんだ?」
「わかんない。すくなくても、このジュースの炭酸が抜けるくらいには居るかな。もう甘くてマズいんだよね、コレ」

そう言って、スガは炭酸の抜けたジュースを飲んだ。

「大地は何で、ここに居んの?ホントは喉なんて渇いてないくせにさ」
「田中に起こされたんだよ。胸にパンチ喰らった」
「ははは」
「そうしたら、スガが居なかったから、探しにきた」
「大地は俺のこと大好きだね」

スガは明るく笑う。

「スガ」
「ん?」
「何かあったら、俺のこと起こしていいから」
「言ってる意味が、よくわかんないんだけど」
「こんな暗いところで、独りで悩むなって言ってんの」
「悩んでないよ」

すぐに嘘だとわかる。スガはこちらを見ようとせず、その視線はずっと手元の缶に向けられたままだ。

「俺が悩むとしたら、大地との関係だけかな」
「話をずらすな。それに、その冗談は笑えない」
「はは、ごめん」

スガは大きく息を吸うと、それをゆっくりと吐き出した。

「いろいろ考えてただけだよ。俺はやっぱり、バレーが好きだなとか」
「うん」
「大地や旭といっしょに試合に出たいなとか」
「…うん」
「影山はすごいな、とかね」
「………」
「どんな形でも俺は、ふたりとコートに立ちたいなって」

缶から視線を上げたスガは、まっすぐに俺の目を見る。鋭い視線は、何かを決意したのだとわかった。

「また、あした話すよ。旭にも聞いてほしいからさ。でも、その前に、」

そこで言葉を切ったスガは、左手をこちらに伸ばした。

「ちょっとだけ、手、握ってもらっていいですか?」

俺は頷くと、その手を強く握りしめた。

「大地の手って、いっつもあったかくて落ち着くんだよね」
「なんなら、抱きしめようか?」
「これで十分。…心配してくれて、ありがとう。今、大地から元気貰ったから、大丈夫」

スガは微笑む。

「充電完了」



end.
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