アルカナ

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ひとしきり泣き終わるまで何も言わずに頭を撫で続けてくれた目の前の名も知らぬレガーロの男性は名前をデビトと名乗った。
初対面の男性にこんな醜態をさらした上に事情を説明するとホテルまで送ってくれるというから少しだけ気が引けたけれど彼以外に頼るあても全くないのでお言葉に甘えることにする。

「っ、すみばせん、いい大人がこんな失態を……」

「いや、こぉんな可愛いシニョリーナを放っておくなんてレガーロ男の名が廃るってもんさァ」

ずずっと鼻をすすりたくなったがそういえば海外ではすする方がマナー違反だったんだっけ…なんてくだらないことを考える余裕も出てきたのは目の前にいる彼のお陰だろうか。
歩く道すがらの会話は途切れることがない。あのお店のドルチェはオススメだ、あのお店の小物はどれもセンスがいい。
デビトさんはとても話上手だ。と思うと同時にこんな風に女性をエスコートすることに慣れているんだなと感じる。さすがイタリア(デビトさんに言わせるならレガーロ)男性だ

「あの、本当にありがとうございました…私、みょうじ名無しさんと申します。デビトさんが話しかけてくれて本当に助かりました…」

あのまま路地をさ迷い歩く内に人拐いにでも遭ってしまうかと…考えるだけで背筋が凍るように感じてまた血の気が引く

「ハハッ!違いねェっ!お前みたいに小さくて可愛いシニョリーナなんて数分経たずに人拐いにガブリだ。だが、人拐いなんかよりもよっぽど悪ーい奴に捕まっちまったかもなァ?」

「悪い奴…?誰のことですか?」

今、私の目の前にはデビトさんしかいない。ということは必然的に悪い奴とデビトさんがイコールで繋がる訳だけど、デビトさんが悪い人だとは全く思えない。むしろこんなに親切な人は見たことがない。日本で困ってる人を見たってみんな見て見ぬふりだもの。って言う私もよほどじゃない限り話しかけたりなんてしない。
なのにデビトさんは話しかけてくれた上に(ナンパ紛いだった気もするけれどきっとそれも彼の気遣い…だと思いたい)道案内まで…って優しすぎる。

「なァ、俺が嘘ついてシニョリーナの事浚おうとしてるとは思わないのか?」

にやり、微笑んで不器用ゆえに纏められずに無造作におろされた私の髪の毛を一束待ちあげたかと思うとそれに口づけを一つ。あまりに自然な動きに突っ込むことも忘れてしまい体温は急上昇。

「っ、デビトさん!?な、なにを…」

「お〜良い反応だナ。あんまり油断した顔ばっか見せてっと食べられちまうぜっていう俺なりの警告だゼ、シニョリーナ?」

離れ際にもう一つちゅっと今度はリップ音も残して行くその光景をただただ茫然と見つめるしか術がなかった。外国と日本ではこんなにも温度差があるものなのか…単にデビトさんが特殊なのかもしれないけれど。

「ふふ、そんなもの好きはいませんよ。デビトさん、本当にお上手ですね。」

「……俺の誘いをそこまで見事にかわすシニョリーナはお前が初めてだゼ。」

こうやって距離をつめたら、って随分と近くて囁かれたら顔が熱くなるのも仕方のないことで

「ククッ…顔、真っ赤だナ。シニョリーナは言葉よりも態度で表す方がお好みか?」

「こっ、言葉ならあり得ないことが分かってるので大丈夫ですが、物理的な接近は恥ずかしいので…!」

免疫がないことを知った上での確信犯であろうデビトさんを睨んでみても彼は意に介さない。悪い人ではないけれどこういうところは質が悪いと思う。
なんだかんだと飽きることなく楽しい道のりを経て、着いたゼ。という短い一言と共に案内されたのはまさに私が探していたホテル。

「目的地からこんなに離れちゃってたんですね…。デビトさん、本当にありがとうございました。あの、失礼じゃなければ何かお礼を…」

「俺にはシニョリーナのその笑顔だけで十分だゼ。それかどうしてもっつーならァ熱ーいハグとキスはいつでも受け付けてるけどナァ」

「そ、それは無理ですっ…!」

半分冗談だって言いながら頭を撫でられる。本当にスキンシップの多いデビトさんにこちらはなかなか熱くなった頬を冷ますことができない。頬をペチペチと叩いてなんとか元に戻そうと奮闘する私の両手を掴むやさしい手はもちろんデビトさんのもので

「そんなことしたら真っ赤で甘そうなほっぺがさらに赤くなっちまうゼ。」

「だからデビトさん、近いですってば…も、無理です物理的距離を詰めるのを止めてください…」

ん?ブツリテキキョリ?ジャッポネはちょっとわかんねえ言葉が多くてなぁなんて目の前でにやにや笑うデビトさんは確実に確信犯
彼曰くこんな風にすぐに照れる女性はここレガーロ島では(というか海外?)珍しいんだとか。だからと言ってこの仕打ちはひどい…!
なんとなく ― 個人的には縁がなかっただけだと声を大にして言いたい ― 今まで男性と付き合うだとかそういった色恋沙汰と関わったことがない私にとってはデビトさんの言葉、動作全てが聞きなれないもので。こんな素敵な人に言い寄られて嬉しくないわけがないのだけどそれ以上になんだか居心地が悪く感じてしまう。
言葉で言われてもあり得ないような褒め言葉だと受け取ることができるが、目を合わせられるとゾクリと全身が粟立つような感覚が襲って逸らそうと動く視線を逃すまいと今度は綺麗に響く掠れたテノールと優しい手でで気を惹く。
やはりある意味というか私にとって質の悪いタイプの男性ではあるかもしれない…今も目を逸らしてなんとかやり過ごそうとする私に「ナァニ考えてんだシニョリーナ?」って問いかけてくるから気が抜けない。

「そんなにお礼がしたいってんなら、明日の昼迎えに来るからリストランテで食事にでも付き合ってくれれば充分さ。」

「ありがとうございます。私が受けたご恩に比べると本当に少しのお返しになってしまいますけど、ごちそうさせてください…!」

「おいおい、シニョリーナにごちそうになるなんてレガーロ男失格だゼ?もちろん俺が支払う。んで、シニョリーナは最高の笑顔を俺に見せてくれる…ってことでどうだ?」

「んー…納得がいきませんがとにかくチャンスを頂けるのならば、明日よろしくお願い致します…。」

大丈夫。いざとなったらお化粧直しにでも行くふりをして先に支払えばいい。私、負けない…!
そんな私の心を知ってか知らずか最後に手の甲にキスを一つとニヤリと笑みを残してデビトさんは去って行った


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