ディアラヴァ

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ユーマさんという人は結局優しいのか怖いのか。全くつかめない人だ
あの日の後も確かに彼は毎日毎日足しげく私の職場に通う。終了時間には会社前に迎えに来て、会社から出てきた私の手を取ってスタスタ歩き出す。
このブランドの角砂糖が美味しいだとか、とりとめもない話をしてくる日もあれば角砂糖をがりがりと食べながら歩くだけの日もある。あれ?角砂糖のことばかり…?

唯一、最初と違うところといえばあの晩以来彼は手をつなぐ以上のことをしてこないということ。
あの日みたいに怖い彼は見ていない。声が大きかったり言葉が乱暴だったりはするけれど、ユーマさんはなんでかわからないけど私を迎えに来てくれて、送ってくれる。あれ…?彼はただの親切な人じゃないのかな…?


****

気づけば彼に会った怒涛の一週間を終え、週末。ああ…落ち着く…やっぱり我が家が一番だと思います。
溜めていた家事を午前中に済ませて、買い物…は明日でいいかな。まったりとソファで寛いで読書タイムに勤しもう。何も考えたくない。久しぶりに何か作るのもいいかもしれないなー材料あったっけ…?


「粉砂糖…薄力粉、ココア…うん、よし。」

がさごそキッチン棚の中をあさる。うん、材料あった。レシピも発掘した。今日はパウンドケーキでも作ろう。今私に必要なのは糖分だ、甘いものが食べたい…

がっちゃがっちゃとボールの中にある材料をかき混ぜていく時もどうしてだろう、頭の中には気づけばまたユーマさんが出てくる。
首筋に顔を埋めてくる彼はとても怖くて、とても色っぽくて…とにかくもう逃げ出したくなった。
けど普段の彼を見ているとあの日の出来事はまるで嘘だったかのように思えてくる。

最初は一生懸命歩かないとついていけないペースで引きずられていたのに、昨日の夜は息が切れることもなく自宅まで到着することができたのは彼が歩くペースを落としてくれたからなのだろうか…
それに、おとといの晩には家庭菜園が趣味だという話をしてくれた。意外すぎてちょっと吹き出してしまったのは内緒の話…にはできなくてユーマさんにデコピンされてしまったけども照れてる彼は少しだけ可愛かった。


****

焼き上がりを知らせる音が聞こえて意識を戻す。ど、どんだけ…考え事をしていたの私…

美味しそうな匂いがしてぐぅ…とお腹が鳴る。うん、うまく焼けた。お昼ご飯抜きにしたんだから一人で全部食べてもいいよね?うん。
一人で食べると決まればナイフで切るのも億劫だったので焼きあがったケーキを天板で冷ました後にダイレクトにお皿に乗せる。フォークで一口分をすくって、いざ…

「いっただきまー…っ!?」

さあ、食べようと思った瞬間に目の前から消えた私のフォーク。え、ど…?え?

「ん、もっと寄越せ。」

「なっ!?ゆっ…?え…」

「おい、日本語を話せ…単語すら言わねえなんて意味わかんねえ。」

甘え匂い…って呟きながらケーキに顔を近づけるユーマさん。いつの間に来たのか、後ろからがっちりホールドするような体勢で少しでも身動きをとろうとすると逆に困ってしまうような密着感。


「……どうしているんですか…」

「あ?いい匂いがしたから。」

「…どうやってきたんです、か?」

「歩いてきたに決まってんだろ」

「……鍵」

「開けた」

「どうやって」

「この合鍵で?」


だ、だめだ…これ以上話しても頭痛の種が増えるだけだ

「わ、私のケーキ…」

「……名無しさん、これお前が作ったのか?」

なんでもないような顔をしてこちらを向くユーマさん。だから、近いですって…

「作りましたよ?自分用に。」

ぶーぶー文句言ってしまうのだって仕方がないですよねユーマさん?私、これ結構楽しみにしてたんですよ?

とげのある物言いにもびくともしないユーマさんはどこまでも我が道を行くという言葉が似合う

**


「食えばいいじゃねえか」

ほらって一口分をすくったフォークを口元に持ってくるユーマさん。目の前に現れたごちそうに無意識に口を開ける

「ん、成功してよかった。」

いつもはちょっと少なめにするんだけど、今日は砂糖分量通りで正解だったなー・・・おいしいおいしい
むぐむぐと自分の成功をじんわりかみしめていると後ろにいる彼は手を休めることなくパクパクとケーキを食べている
無言でどんどん食べ進めて、途中で思い立った顔をしてたまに私の口に持ってくる。餌づけをされている気分だ。
あまりにも黙々と食べ続けているので少しだけ不安になる。なんだかんだやさしい彼のことだから食べ始めた手前まずいからって投げ出すことができなくなっているのではないだろうか

「あ、の…ユーマさん、お味は…?」

「ん、美味いぜ?」

不意にユーマさんのきれいな顔が近づいてきて…びっくりして体を除けようとしたのに、動けなくて…
ぎゅうっと目をつぶったところからじわりと涙がにじむのを感じる。息が溶け合って、そのままどんどん彼が近づいてきて

「…バーカ、そんな顔してっとこのまま食っちまうぞ」

唇に感じたのは予想していた感触ではなくて、唇横に彼の指が当たったのに気付いた。

「え、」

「付いてた。てかつけたんだけどな俺が。くくっ、良い間抜け面だったぜ?」

かぁっと熱を持つ顔、どころか体中。もう、やだ…
まるでキスして欲しかったみたいな反応じゃないか。どうして、こんな…もう嫌だ。私にこんな素敵なイベントがあるわけないじゃないか…最初からわかりきっていたことなのに、どうしてもユーマさんの行動には期待させられてしまう
これ以上近くにいるのは色々と危険だと思い、半ば強引にユーマさんの腕から抜け出そうとすると

「っだよ、せっかく人が気分よくなってんのによ…抵抗すんなよ?痛くされたくなけりゃあな…」

「いっ…たぁ…ゆーまさ…っ、いゃ、やめて…くださ…い」

「今日は止めてやんねえ。っち、もう跡消えてんじゃねえか…んっ」

「ぅ、んぅ…ぁ…っ、」

「っふ、ん…っは、お前すっげえエロイ…なぁ、もっと聞かせろよ、見せろ。」

「んっ…んん…んぅっ」

先日、所有印だとつけられた跡の上に彼の吐息がかかる。唇がふれる。ちゅうと音を立てて吸い付かれたら何も考えることができなくなる…
自分の体なのに、制御がきかないのが怖くてぎゅうぎゅうと抱きしめられる空間で必死に手を伸ばして口を押さえる。

「ん…ふっ、ぅ…」

「おい、名無しさん…つまんねーことしてんじゃねーよ。なんならそんなことする余裕もねえくらい、乱暴にしてやったっていいんだぜ…?」

後ろから伸びてきた手によって口を押えていた手を掬い取られたと思えばくるりと回る視界。目の前には、ユーマさん。正面から抱きかかえられるだなんて…顔が直接見えるし、見ないようにするのが難しい。
彼と目を合わせるだなんてできなくって必死にうつむいてたのに今度は顎をつかまれる。

「お前、本当にバカだな。血が出てんじゃねーか…」

先ほど口を押さえるのに力を入れすぎたのか爪が食い込んでいたらしい。
ピリピリ痛むけど感覚的にはそこまで深くないだろう。

「っ、いたっ…!!ゆ、まさん…いたっ…それに、そんな…きたないです…」

そう思っていたのにユーマさんが、急に傷をなめたりするから…

「んっ、やべえ…お前の血、やっぱり甘えな…止まらなくなる。…っ!!」

その甘さは先程までのケーキが原因じゃないでしょうか…どこか遠くなっていく意識の中、それを言おうかぼんやりと考えていると突如離れる身体。
開いた距離。

「やべ…理性飛びそうになるとかまじかよ。あんなちょっとで、この俺が…」

突き放すほどの勢いで私との距離を開けるとなにやらぶつぶつとつぶやく彼。

「今日は帰る。じゃあな。」

「え、はい…」

感じなくなった体温が恋しいと思ってしまうのはダメでしょうかユーマさん。すっかり空になったお皿を洗いながら頭の中は彼でいっぱい。溢れかえってこぼれてしまうほどに…

ねえ、ユーマさん、あなたは何者なんですか?




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