ディアラヴァ

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うっすらと明るい光が瞼に染みてきて、目が覚めた。
週末は用事がない限り目覚ましをかけない主義で、例えばそれで昼過ぎまで寝てしまってもそれはそれで幸せな休日だと思う。

「お、やぁっと起きたか。お前寝過ぎじゃねえの?」

今週は疲れていたし、昨日のユーマさんとの出来事のせいでなかなか眠れなかった。
だから例えば寝起きの幻聴でユーマさんの声が聞こえてきたとしても仕方がないことだと思うし、眠たいから二度寝に突入するのもいいかもしれない。

「って、おい…こら、寝んな馬鹿。」

どうして昨日あんなに不自然に気まずくなったはずの彼が今私の目の前にいるのかな。眉間に皺寄せて機嫌が悪そうだけど…なんで上からのしかかってきてるのかな。私あのあと眠れなくって寝不足なんですユーマさん…夢のなかでくらいのんびりさせてください…

「……っざけんな、このまま犯すぞ」

「はい、起きます。」

「おう…はよ。」

ぎゅっと手を握られて完全に覚醒した。夢じゃなかった。そして昨日のあの出来事だけで私の頭の中はごちゃごちゃなのにこの上犯すだのなんだの色々と心臓によろしくない。

「んだよ、今日は出かけんぞ。早く準備しろ。」

出かけるって…彼は私のことをペットか何かだと思っているのだろうか。散歩行くぞってリードを持ってきて言うようなノリで言われて困惑する。なんの連絡もなしに突然言われたって私にも予定というものが…ないけど。でも、色々準備とかあるかもしれないじゃないか。
ずっと、考えていた。私はいつのまにか彼に惹かれている気がする。たまに乱暴だけど、優しくて、甘い甘い彼に
私は所謂恋をしているのだろうかと。
これはあまり男の人に慣れていないから勘違いしてしまっているのかどっちなんだろう。って思った後気になったのは彼の気持ち。
思えば初対面からなぜか私を知っていたような態度。毎日飽きることもなく帰りに迎えに来てくれる彼。昨日なんてなぜか急にお宅訪問されたり、なぜかキスマークをつけられたり…

「あ、の…もうどうしているのかとかは聞くだけ無駄だと思うので聞きませんが…一つだけ、質問に答えてくれませんか…?」

「んー…質問の内容によるな。」

聞いてくれないこともないみたいだと分かり、素直に言葉を紡いでみる。

「ユーマさんは私のこと、どう思っているんですか?」

「エサ」

「エサ…?私は人間ですよ…」

「だからだろ?おら、早くいくぞ。時間がねえ。」

エサ…エサ…だからだろって…ん?
混乱する私を無視して布団をはがしにかかるユーマさん。ああ、さようなら私の休日。そして私の質問の真意は掴めないまま、準備を急かされていつも通り強引な手つきで私の手を取り、優しく繋いで歩き出す。

だから、こういうところが勘違いさせる原因なんですよユーマさん


***

「あの…ユーマさん、どこに行くんですか?」

私のマンションから歩いて20分ほど、少し林になっている土地をずんずん進んでいくユーマさんに問いかける。だってここってなんだか私有地みたいなんだもの…勝手に入って大丈夫なのかな…

「黙って着いてこい。行けば分かるぜ。」

「で、でもここって誰かの私有地じゃ…」

「あ?俺の家だぜ?」

なんか文句あんのか?って続いた言葉に開いた口が塞がらない。なんなのユーマさんてイケメンさんなだけじゃなくてセレブだったの?こんな大きな私有地…

「着いたぜ。」

短い一言を言い放って立ち止まる彼。目の前に広がるのは…

「野菜畑…?」

呆けている私に俺の隠れ家だって言う彼はイタズラが成功した子供のような顔をしていた。
野菜畑の近くには小屋らしきものが建っていてどうやらあそこがユーマさんの隠れ家らしい。

「今朝食べ頃になったのがたくさんあるから採っていいぜ。おら、始めるぞ。」

どうやら私は収穫祭りにお呼ばれしたようで、どこからか取り出された軍手とハサミを渡される。
瑞々しい野菜たちがたくさん出来ている。目の前にあるプチトマトを一つぷちりと採ってみると「薬使ってねぇからそのまま食えるぞ」と声が聞こえた。鞄から取り出したハンカチで軽く拭き取りパクリと口の中に入れてみると、とても美味しい。
ユーマさんが家庭菜園ていうのは意外だったんだけどこうして彼が目の前で作業しているところを見るとなんだか似合っているようにも思えるから不思議な話だ。

「どうだ?うめぇだろ。」

「とっても美味しいですっ!!」

少しだけ得意気な顔をしたユーマさんの問いかけに答えると、ちょっとビックリした顔をして俺が作ったんだから当然だぜってまた得意気な顔

「ユーマさん、すごいですね。私こういうの育てるの苦手で…」

「あ?俺は名無しさんのケーキの方が凄ぇと思うぜ。また作れよ」

ケーキと聞いて和やかな雰囲気で忘れかけていた昨日のことを思い出してしまった。結局彼の独占欲にも似たようなあの行為の真意は分からないままだ。


**


「名無しさん…?ちっ、おい…聞いてんのか?………っんで泣いてんだよ…逃げんじゃねーよ」

急に黙りこくった私を不審に思ったのか近づいてくるユーマさんの前で泣くのはなんだかダメな気がして少しずつ後退していく私を捕まえようとした彼の手が伸びる。相変わらずビクリとしてしまう私を見て伸ばした手を引っ込めたユーマさん。ほら、こうやって優しくするんだ…

「なぁ…俺、お前のことよくわかんねぇ…さっきまで笑ってたと思えば急に泣き出しやがるし。お前、忙しすぎ。なんなんだよ、一体…」

少しだけ困った顔をしたユーマさんはこちらに手を伸ばすことはなく距離だけつめてくる。下がり続けた私の背中に先程の隠れ家の壁があたる。どうやら、追い詰められたらしいけれどこの状況でも私を捕らえようとはせずに言葉を待ってくれているユーマさん。
だから、こういうのがダメなんですよ

「ど…っして、私に構うんですか…」

「そりゃあ、お前が俺の…」

「餌だとか、所有物だとか、わ…訳がわからないです…っ」

いつの間にかユーマさんで頭がいっぱいで、ユーマさんもなぜか私に構ってくれて、ユーマさんはこんなに優しくて、

「意味がっ、分からないんです。頭の中ぐちゃぐちゃ…どうして、優しくするの…?どうしてそんな、恋人みたいな…こと、するんですかっ?」

こらえきれない感情がない交ぜになって出てくる言葉たちはとても醜い感情で。ただただ自分勝手な思いをぶつけてしまう

期待させないで、優しくなんてしないで、どうせからかってるんでしょう?離れるくらいなら最初から近づかないで、これ以上私の日常に入り込まないで

「あ?離れろだァ?初めて会ったときからお前は一生俺のもんなんだよ…名無しさん。俺の、たった一人の運命の相手だ。誰にも渡さねえ。」

「え…ゆ、まさん…?は、はなしてくださっ…」

「っるせーよ、ちょっと黙れ」

堪えようとしていた分、一気に溢れだした涙が止まらないままにひとしきり感情を吐き出したあとに感じた体温。
ぎゅうっと締め付けられているのになんだか心地よく感じてしまうのに気づいて慌てて離れようとする私を逃がしてはくれない彼の腕

「…ぐちゃぐちゃ?上等じゃねーか。もっと俺に溺れろよ。お前は俺から一生離れらんない体にしてやる…俺はお前じゃねえと満足できない体になっちまったみてぇだしな…」

「う、んめい…?まんぞく…?」

まんぞく?って言われても私は何もしていない。どうしてユーマさんの言うことは分からないことばかりなのだろうか

「匂いで確信はしてたが、昨日お前の血を舐めてから…身体中が疼いて堪んねえんだよ…名無しさんしかいらねえ…お前の全てを俺に寄越せよ。この身体も、心も、全部俺のもんにしてえ。」

「血…?」

もう頭の中が混乱して単語を拾うことで精一杯で…彼と出会ってからこんなことばかりだ。

「俺はヴァンパイアだ。」

「ヴァンパイア…って、あの人の血を吸うモンスターのことですか…?」

そうだって頷く彼を見てなんだか今までの不思議な現象全てに合点がいった気がする。仮に彼が本当に人ではないというのならばもうなんでもありなんじゃないだろうか
抱き締められ続けていると体温が溶け合って、段々と落ち着いてきた私は今までの疑問をぶつけてみる

「初めて会った日、ユーマさんは私のこと一ヶ月前から唾をつけてたって言ってましたよね…?」

「んだよ、覚えてたのかよ…確かにお前に初めて会ったのは一ヶ月前だ。スーパーの製菓コーナーで、思い出せねえか?」

一ヶ月前、スーパー、製菓コーナー…

「あ、角砂糖…」

紅茶に入れる角砂糖を買おうと向かって行ったところに本当にたまたま最後の一袋を他の人に譲った記憶はあるけど…

「顔は…覚えてなかったです…あんな一瞬だったから…」

「俺はあのとき感じたお前の匂いで確信した。俺に血を捧げるための女だってな。別にその場で浚ってもよかったんだが…なんか平和ボケしたお前の顔見たら毒気抜かれちまってな。」

「へ、平和ボケって…酷いですユーマさん…」

「事実だろ?ばーか」

ああ、この笑顔綺麗だなぁ。
結局私と会ってから所謂ストーカー紛いな行為の末に名前だとか住所だとかを突き止めたユーマさんはタイミングを見計らっていたようで。
その途中で私がナンパにあったから出てきたそうだ。なんだか犯罪の匂いがしたけどもう彼に常識を求めるのはずいぶんと前に諦めた。

彼の気持ちが少しだけわかってなんだか嬉しかった。でも…

「ゆーまさん」

「あ?まだ質問あんのか?」

「あなたは、私の血が欲しいだけなんですよね?どうしてさっさと吸ってしまわないんですか…?」

良い匂い→美味そう→俺のもの
私が聞いた彼の話を要約していくとこうだ 。だとしたら彼はなぜ、今まで吸血をしなかったのだろうか。いくらでもチャンスはあったはずだ。現に今だって壁際に追い詰められて逃げ道のない私の目の前には大きな大きなユーマさんがいる。

「……血が不味くなるから。」

「…え、」

ちょっと気まずそうに目をそらして言うユーマさんの言葉の意味がまた掴めない

「俺がっ…俺だけがお前を求めたって、愛したって…っ、名無しさんが俺を求めねえと気持ちよくねぇんだよ。」

最後の部分は早口でぼそりと言われたけど、ごめんなさいユーマさん、しっかり聞き取れました。

「ゆーまさんが、私を…?すき?」

「あー…うるせえ何度も言わせんな。お前のこと知っていく度にどんどんハマってったんだよ…本当にお前はとんでもねえ女だぜ。最初のうちは直ぐにでも食っちまって終いだと思ってたんだが、ハマっていけばいくほど離れらんなくなった。どうせ吸うなら一番うまいお前の血を一生味わっていてえ。」

「ずるいです…こ、こんなの、ゆーまさんのこと、好きになっちゃうじゃ、ないですかぁ…っ」

「好きになれよ。溺れろよ…なぁ、お前が欲しい…」


名無しさん…って耳元で囁いて更に抱擁をきつくする彼を抱き返して、しばらくの間はこの微睡みのような空気に浸っていたい

「もう、吸血鬼だって、なんだっていいです…ゆーまさん、大好きです…」

悩んでいたのが嘘みたいにすんなり受け入れてしまうのは彼の目が本気だったから。
ユーマさんは嘘をつくような人じゃない。こんな私でもよければって言ったらお前が良いっつってんだろ!?ってちょっと眉をあげて怒られてしまったのは内緒の話。






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