ディアラヴァ

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「今日、迎え行けねえからさっさと帰れよ」

寂しそうに、頭をなでてくる彼をじっと見つめると

「ルキの奴から呼び出されてんだよ…明るいうちにさっさと家帰れ。夜、行くから」

と、ユーマさんが言ってたのを聞いたのは今朝家を出る直前のこと。最近たまにお泊りしてくるユーマさん。でも別に何をするわけでもなく私が寝る横で寝っ転がって腕枕をしてくれる。快眠だけど、緊張して寝付くまでの時間が増えたのは内緒の話

夜道が危険だとかそういうことはまあ、ユーマさんに会う前までは普通のことだったし気にしてはいなかった。けど、誰だって遅く帰りたいわけはないしささっと仕事を終わらせて帰ろうとしていたら今日に限って急ぎの仕事が…ああ、これでユーマさんより遅く帰ったらお小言が待ってるんだろうなあ…

今日も今日とて残業日和。とでもいうような暗い道をとぼとぼと歩いて帰る。近頃はずっとユーマさんと歩いていたからすごく寂しいなあ…そして少しだけ怖い。

「ま、お前を抱えながらシュガーちゃんも食えるしなぁっ!!」

「やめっ…!!」

怖い怖い早く帰ろう。と早歩きでいつもとは違う近道を通ろうとしたら聞こえた声。
聞き間違えるはずもない彼の声。
と、女の子の声…

逃げ出したいのに震える足、動かない身体。見たい、見たくない。聞きたい、聞きたくない。
相反する想いとかがすべてないまぜになってしばらくそのまま立ち尽くした。姿は見えないけど何やら口論をしているようだ。

「ど、して…?」

こぼれた言葉は闇に溶けて行って誰も拾ってはくれない。ここから早く、逃げ出さなきゃ…段々と愛しくて、憎くてたまらない彼の声が近づいてきている…。

「おとなしくしろっての…っ、名無しさん…?」

「あ…ぃ、や…っ」

動かない身体のせいで見てしまった光景は女の子を抱えるユーマさん
あんなにも言うことを聞かなかった身体は私の頭と似ていてすごく愚鈍なのだろう。今更になってこんなに早く走れるのならば、最初から動いてよ…バカ。遠くから私を呼び止める声が聞こえたけど、今彼にあってはいけない。きっと私はひどいことをたくさん言ってしまう。
でも、追いかけてきてはくれないんですねユーマさん…私よりもあの子のほうが、大事なんですか…?
こんな面倒なこと言う女にはなりたくないのに。もういやだいやだ…


****

ゼェゼェと息を切らして走り込み、鍵を雑に開けて家の中になだれ込む。
玄関のドアに背中を預けてへたりこんでしまったが、マンションの廊下から聞こえてくる喧騒がとても煩わしい。
自分でも信じられないくらいイライラしている。胃が痛い胸が痛い頭が痛い身体中が悲鳴をあげている

外の音を聴いていると先程の光景を思い出してしまう気がして、寝室に逃げ込み小さな子供のように膝を抱えて、耳をふさいですべての情報をシャットダウンする。
なにも考えたくない。
今はただひたすらに流れてくる涙と嗚咽を我慢することなく出してみるけれど心は晴れなくて。
何も考えないようにしたって、どうしても頭の中に浮かぶのはユーマさんと、可愛い女の子。
高校生だったなぁ…そういえばユーマさんて何歳なんだろう。ヴァンパイアに年齢と言う概念があるかどうかは疑問だけど…そういえば私はユーマさんより年上なんじゃないだろうか。

あぁ、こんなどうでもいいことを考えている場合じゃない。
私はユーマさんが大好きだ。今までも重々承知のことだったけど、実際に彼が女の子といるところを見ただけでこの始末…いっそのことこのままユーマさんに会いたくない。ずぅっと会いたくない。彼の優しい手と声、唇だけ覚えていたい

「名無しさん…ここにいんだろ?」

「ゆ、ま…さん…?」

いつの間に入ってきていたんだろうか。物音ひとつしなかった…と考えたけど私は耳をふさいでいたから聞こえなかっただけかもしれない
私の声が聞こえたからか入るぞという短い言葉と共に入ってきたユーマさん。額にはうっすらと汗がにじんでいる。走ってきたのだろうか…

「なぁ、名無しさん……おい、泣いてんのか?」

「うっ、く…ごめんなさいごめんなさい…こんな面倒で怖がってばかりの女、嫌ですよね、もういいです。構わないでください。お願いだからもう、私に構わないで…ごめんなさい」

あの子の所に行って、吸血でもなんでもすればいいじゃないか。吸血もセックスも怖がって逃げてばかりのこんな面倒な女の所にわざわざ来ないで。こんな思いをぶつけたくないのに、ユーマさんの顔を見ると止まらなくて何を言ってるのか自分でもわからないほどに言葉をぶつける。これではまるで癇癪を起こした子供だ


**


「おい…名無しさん。お前それ、本気で言ってんのか」

「…っ…さ、さわら、ないで…」

ドスの効いた声で一気に距離を詰めて私の肩を掴むユーマさんは初めて見る表情だった。
怒りとか悲しみとか多分色々混ざりあった瞳で強く見つめてくる彼からつい目を逸らしてしまう

「っざけんなよ…なぁ、もっぺん俺の目を見て言ってみろ…俺がなんだって?あ?お前以外の女と今更何しろってんだよ…それとも名無しさんはそんなに俺といるのが嫌だってのか?お前は俺のもんだ。誰にも…誰にも渡さねえ。お前以外の女なんて考えられねえのに、っんでそんなこと言うんだよ…なぁ、答えろよ。あんな雌豚なんかどうでもいいんだよ俺は、お前が、名無しさんが…いれば…っ、くそ!!」

「やぁ…っ、いや…いやっ!!!」

「お前から俺を求めてくるまで待ってやろうとか思った俺が馬鹿だったぜ…おら、さっさとこっち向いて口開けろ…もっとだ、もっと…ん、」

矢継ぎ早に捲し立てられて何がなんだか、考えることも出来なくなる。
無理矢理に頬を掴まれてユーマさんのほうを向かされて否定の言葉を発しようとして開けた口は彼によって悉くふさがれる

「んっ…ちゅっ、は…名無しさん、名無しさん…っほら、すぅぐ気持ち良くなるからな…?なぁ、俺を見ろよ…。こっち見ろっつってんだよ…っ」

そんな切ない瞳で、傷ついた顔で、見つめないで。
やめて、やめて…
頬に手を添えて頭をやさしくなでられる。こんな時にまで、優しくされてどうすればいいの?

「それとも、そんなに痛くされてえのか…?いいぜ?お前の血だったら嫌がってても甘えだろうしなっ…!!」

「…ひぅっい、いたっ…ぅ…あぁ、」

ユーマさんの顔が離れたかと思うと、首に激痛が走る。ぢゅるぢゅると音を立てて吸っているのは、私の血…?
痛い、嫌だ、止めて。否定の言葉は全て暗闇に溶けていってユーマさんが行為を止める様子は感じられない。もちろん抵抗する腕だって彼にとってはなんの意味もなさない。

「ちっ、お前の泣き声だけはダメだ。聞きたくねぇ…」

「ぅえ…っひ、んぐっ…ぅ」

無理矢理に口内に入れられる彼の指はそのまま無遠慮に掻き回す。悲鳴はかきけされて漏れるのは吐息だけ。
その間もずっと首筋からあふれでる血を一滴たりとも溢さない、とでも言うように執拗になめとっているユーマさんの顔は悲しみと恍惚に揺れていた


***


「名無しさん、名無しさんっ、んっ…お前だけ…ずっと、欲しかったんだ。このままずっと、誰の目にも触れさせたくねぇ…一瞬でも離れたくねぇ。ずっと、ずっとお前を味わってたい…」

どれだけ長い時間をこうして過ごしているのだろうか。意外と短い時間なのかもしれないし、時計なんて気にする余裕もなかった。
頭がぼぉっとしてしまうのは吸血による貧血か、ユーマさんの執拗なキスによる酸欠か、それとも両者か
涙も枯れ果てるほどに流したし、叫びたくても叫べなかった声にならない声を発していた喉もガラガラだ。
こんなに乱暴で粗雑な行為なのに、彼が落とすキスは嫌になるくらい優くて…目尻に溢れる涙だってほとんどは彼の唇に吸いとられていた

彼にぐずぐすに溶かされた思考のせいで行為の最中に彼がどれほど私の名前を呼んでいたのかだとか、愛の言葉を囁いていたのか拾っていく出来なくて、ごめん。って言う短い一言をぼそりとこぼしたユーマさんに気づく余裕なんて私には残っていなかった。

「こんなはずじゃなかったのにな…痛がるお前見たらいつもなら止められたのに、悪ィ…ごめん、ごめんな名無しさん」

気を失った私にそっと与えられたキスは皮肉にも今までで一番優しかった




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