ペダル

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「だからァいい加減そのネガティブちゃんやめろっつってんの。」

分かるゥ?って小首をかしげて見せる靖友くんの可愛らしさはプライスレス…ッ!!!

「だけど、靖友くっ、」

「だァあああもう、うるっせェ!!!俺が気にすンなっつってんだから気にすんなよ!!!」

がっしがしと頭をかきながら此方を睨んでくる靖友君にビクリと震える体。それを見て舌打ちを一つこぼす彼。あぁ、また私は彼を怒らせてしまった

「めんどくせェ。名無しさんちゃんよォ、だいたいなんで俺に構おうとすんだヨ。どう考えたって、俺みたいなタイプ嫌いだろうが。」

靖友くんは確かに声が大きいし、言葉は乱暴だし、すぐ睨むし。私が一番苦手とするタイプかもしれない。何も知らない状態で道端で靖友くんに会ったら私は目も合わせずにその場を去るだろう。でも、彼の走りを見てしまった。彼の優しいところを見てしまった。彼が努力している所を見てしまった。その状態でどうして彼を嫌うことができるのだろうか…嫌えるものなら嫌ってみろよ!!!と声を大にして言いたい(そんなことは言えないけど)

事の発端は、いつも通りレースを見に来た私を発見し、話しかけてくれた靖友くんの「そんなに走りをみてェなら見に来ればァ?」の一言で。まぁ、こっそり見に行ってるのが見つかった時点で来てるなら声をかけろとまずは怒られたのだけど…何を見に来いって言う話かというと靖友くんの部活練習だ。なんでも筋トレとかももちろんやるけど一般道をコースに見立てて走ることもかかさないそうで。走ってる靖友くんが見れるならと速攻で食らいつきたくなるおいしい話だったけど、ほら、私みたいな年上女が靖友くんに会いに来ましたーって体で部員の方にかち合ってしまったら色々とよろしくない気がして。
これが○不二子の如く綺麗な年上お姉さまなら話は別なんだけど、ごめんね靖友くん…
せっかく誘ってくれてるし私だって行きたいけど、やっぱり申し訳ないと言う思いの方が大きくて。素直に甘えられない自分。こんな自分大嫌いだ。

「折角のお誘いなのに、ごめんなさい。レース後に疲れてるのに、ごめんね。私、今日はこのくらいで帰るね」

「………おー。」

靖友くんは優しいから、きっと今怒鳴ってしまったことを悔やんでいると思う。彼に悔やませてしまうのも申し訳なかったし、困らせてばかりの自分もイヤ。少し頭を冷やした方がいいみたい。バイバイって最後の頑張りで泣かないように精一杯の笑顔で手を振って(多分ひどい顔だ)その場を後にする。靖友くんの返事はなかった。



****

「隼人ぉ…またやっちゃった…」

「おめさん、こうやって反省してることちゃんと靖友に話せばいいのにな。」

よしよし、って苦笑いしながらも撫でてくる従弟は私の方が年上なのになんだかお兄ちゃんみたいだ。そうだ、隼人の従姉だから靖友くんは気を使っているのでは…

「あ、一応言っとくけど靖友は俺の身内だからーとか気を使う奴じゃないからな。あいつはあいつでけっこう名無しさんのこと気に入ってるもんだと思ってたんだけどなー」

「ありえないこと言わないで下さいよ隼人さんや…」

「名無しさんは普段の靖友を知らないから気づかないんだよ。」

あいつ、どうでもいいと思ったら本当にほったらかしだからな〜なんて笑ってるけど逆に気に入ってる相手にあそこまで怒鳴るのだろうか…でも嫌いな相手をわざわざ練習見にくるかなんて誘わないだろうし…考え始めても靖友くんの気持ちは靖友くんにしかわからない。そんな分かりきったことなのに聞く勇気が、というかどう考えても脈なしだと思うわけですよ私は。

「でも、」

「でもは禁止な」

「うっ…そ、そもそも隼人が紹介なんかしちゃうからぁ…いや靖友くんとお話しできて、嬉しいんだよ私はとっても嬉しいし、あれから会うたびに声かけてくれたり、たまにおでこ小突かれるのすら幸せだし、最近ではあの怒鳴り声にもだいぶ慣れてきたの!不意打ちだとビックリしちゃうけど…」

「…だってよ。どうする?」

靖友?って続いた隼人の言葉に答える「アー…」って歯切れの悪い返事。
矢継ぎ早に言葉を紡いでいくことに必死だった私は気づかなかったのだこんなベタな展開に



****



ねぇ、待って。隼人お願い私のこと置いていかないで、むしろ私が帰るからあとはお若い二人でごゆっくりと、ね?それが一番いいと思うのお願いなんでも言うこと聞くからお願いお願い。ほら、あっちもこっちもみんな私たちのこと見てる…何昼ドラ?みたいな雰囲気でこっちをチラチラ見てるから…これは自意識過剰とかじゃないよ本当の話

「とりあえず店出るかァ…送るヨ」

「ややや、靖友く、ごめんなさい今の全て忘れて。」

「分ァかった、分かったからァ泣くのだけ止めてくれなァい?まぁ、名無しさんちゃんが俺のこと大好きなのは伝わったけどネ」

恥ずかしいし、こんな愚痴を隼人にこぼしていたことが情けなくて…ともすればこぼれ落ちそうなくらい涙が溜まっている自覚はあったけど最後の一言で耐えていたものが決壊した。聞かれてたやっぱり聞かれてた。

「後ろにいるのは構わないんだけどォ、いなくなったかと思うからどっか掴むとかしてくんなァい?」

「……あい。」

これ以上の迷惑をかけるわけにもいかず、恥ずかしかったけど靖友くんの指示に従う。
家までの道のりは年甲斐もなくべそべそと鼻をすすって泣きながら靖友くんの上着の裾を少しだけ握ってる私と、その前をゆっくりと歩く靖友くんの二人きり。気づけば外も暗くて人通りも少ないから人に見られないのはいいのだけど私の鼻をすする音が丸聞こえでとても恥ずかしい…

不意に手首をぎゅっと捕まれて前の方に引っ張られる。驚いて犯人の顔を見上げると「着いたヨ」の短い一言

「なァ、俺やっぱり名無しさんちゃんのことちょっとよくわかんねェ。でもさァ少なくともどーでもいいやつの事構うほど暇じゃねェんだわ」

分かるゥ?って小首をかしげて見せる靖友くんの可愛らしさはやはりプライスレスでした。





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