ペダル

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昨日は久しぶりにいい出会いをした気がする。まあ、俺がお隣さんだって知ってたみたいだし彼女にとっては昨日が出会いってわけじゃなさそうだけど。
ペダルを漕ぐときは無心の時だったり、考え事をしていたり、今朝の自主練はどうやら後者のようで頭の中は昨日偶然会った彼女のことでいっぱいだった。これは、ちょっとまずいかもしれない。いやまずくはないけど、それにしたって一目ぼれ(正確にいうと違うのか)ってどうなんだ新開隼人。

ふぅ、と息をついてマンションにある立派な駐輪所に愛車を停める。物件を探すときの第一条件にしただけあってマンションにしては立派な駐輪所がある我が家はとても気に入っている。
ふと駐輪所から顔を上げてみると見つけてしまった可愛い可愛い獲物

どうやら朝に窓を開けるときに、という話は本当だったらしい。俺の朝練が終わる時間ぴったりに窓際にいたから少しびっくりした。

「みょうじさん、おはよ。」

声をかけてみるも彼女は顔を赤くするばかりで何も言葉を発しない。昨日聞いた可愛らしい声を聞くことはできないのか、と少しがっかりしていると距離の割に声が小さかったようで聞こえなかったけれど、確かに今、おはようと口が動いていた

「今日天気がいいな。暑さでバテないように気を付けろよ」

「ぁ、ありがとうございますっ新開君…」

やっと、声が聴けた。俺よりもずいぶんと小さな体で、小さな唇がつむぐ言葉は耳を澄ましていないと聞き逃してしまいそうだった。それにしてもはにかんだ笑顔は朝から反則だと思う。
うん、素直に認めよう。新開隼人はどうやら一目ぼれをしたようだ。
どうしたって、彼女がかわいく見えてしまうのだからこれはもう認めるしかないよな?
バキュン、彼女に向けて打ち抜くときょとんとした顔を見せたと思えば次の瞬間かぁっと赤くなって、今度は俯きそのままパタパタと窓際からいなくなってしまったみょうじさん。あーあ、残念…。

赤くなる=照れていると考えれば、どうやら彼女はそうとうな恥ずかしがり屋なようだ。
好き、となればしっかりと愛情表現をしたい俺とは相性がいいような、悪いような…でも。必ず仕留めるから、覚悟しろよ?




****



「寿一、寿一」

「なんだ新開、顔がにやけているぞ」

「俺、すごい理想の人に出会ったかもしれない」

凄いんだ、出会ってからまだ一日経ってないくらいなのに彼女のことを考えるといつの間にか講義が終わってた。なんて話すと後でノートを見せてやろうと言ってくれるチームメイトは今日もいいやつだ。

みょうじさんは、どんな顔で働いているんだろう。どんな日々を過ごしているんだろう、友達は多いのだろうか、心を許した人にだけ見せる顔は?甘えてくる姿を想像しただけでもう、俺は幸せの絶頂だ。
まるで中学生みたいな恋の仕方だなって自分でも呆れるくらいに今頭の中は彼女でいっぱいで、それは部活の時間まで続いた。

さすがに部活で動き回っている間は考え事をすることはなかったが、帰り道もずっと、みょうじさんでいっぱい。
そうだ、昨日もこのくらいの時間に、ここで会ったんだ。

「みょうじさん、お疲れ様。今帰りなのか?」

「あ、新開さん…お疲れ様です。」

昨日もだけどおめさん、こんな時間に仕事帰りとはいえ女性が一人で出歩くのはいかがなもんかね…何かあったらどうすんだ
心配が少しだけいら立ちに変わってしまったのが彼女に伝わってしまったらしく目の前のウサギはおどおどとこちらを見上げている。
こーんな小さな体、片手でまとめてどうにか出来ちまいそう

「っと、悪いな黙っちまって。」

「い、いえ。私の方こそ、お疲れのところごめんなさい。」

俺から話しかけたってのに律儀にも謝罪するみょうじさんはそのまま立ち去ろうとするから今度は俺がおどける番だった

「ちょ、っと待った。一緒に帰ろうぜ?同じ家に帰るんだから。」

同じ家ってなんだかとても良い響きだけど…まあそこは妄想に浸らせてくれ。
こくりと頷いたみょうじさんの横を並んで歩く夜道はとても居心地が良かった。
俺ばかりが話をしているけれど短い返事と一緒に此方をちらりと見てくる彼女の頬は相変わらずほのかに赤くて、そんなみょうじさんを見て俺もまた赤くなってしまっただなんて言わないからな。




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