黒バス
□闇に溶ける
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その日はたまたま、本当にたまたま委員会が遅くなって帰る時間が気付いたら時刻は午後7時30分を回ろうとしていた。
こんな時間に一人で帰るのは初めてだし、普段から友達と行動することが多かった私は一人で帰ることすら珍しい。少し怖かった。あと30分ほど待てば明るい笑顔が似合う彼が部活も終わり顔を出すだろうか、と考えたところでふと思い当たった
高尾くんは毎晩、必ずメールをくれる。その時間は少しまちまちだが、大抵夜の22時を回った頃である。そこから逆算すると一年生で名門・秀徳高校バスケ部のレギュラーをとっている彼のことだ、相棒である緑間くんと21時ころまで自主練をしているのだろう。
例えば私が今、体育館に顔を出したら彼は今日、自主練を切り上げて送ってくれる。優しい高尾くんのことだ、それは自信がある。体育館に顔を出さずに校門などで待っていたらきっと彼は少しだけ眉をあげてこんな暗い時間に待つなら体育館に来るよう、心配して怒るだろう。
私の性格を考慮してくれているのか、部活以外の時間は私に割いてくれている彼の邪魔はしたくない。そしてもちろん彼を心配させたくもない。
となると選ぶ選択肢は1つ。一人でこのまま早足で帰ることだ。住宅街とはいえ家の近くまで街灯は付いているので問題ないだろう。
そこまで考えが思い至り、早く帰ろうと歩きだす。
ぽつんぽつんと街灯が申し訳程度にともされた道を若干駆け足で通る。普段は高尾くんだったり、友人と帰る道がこんなに暗くて静かだったなんて…冷静になるとまた少しだけ怖くなる。元から寂しがり屋なのとオバケ関係は特に、苦手だ。
そして所詮、帰宅部女子の体力はすぐに底をつきて一旦立ち止まる。呼吸が少し苦しい。
「こんなことなら普段から少しでも体力をつけておけば良かった…」
独り言でも言わないと怖さに押し潰されそうで、そんな風に普段の自分にダメ出しをしていたら後ろから聞こえた足音。
私が立ち止まってすぐに足音も止んだ。その事実に怖くて振り返ることすらできない。
「お、オバケなら足音…しない、よね…?」
あれ…?でも昔流行った○割け女だとかそういった類いの怖いものたちは総じて、追いかけてくる足が早いと聞いていたような…
どうしよう。どうしよう。頭の中はそれでいっぱいだ。
たまらず駆け出したらやはり追いかけてくる足音。私の足の早さになんてきっとすぐに追い付くだろうに少しずつ距離を詰めるだけでなぜか追い付いては来ない。混乱した頭で走っていたせいか通いなれた道を変な方向に走ってしまい気づいたら知らない道に出てしまっていた。
そしてたどり着いた先は行き止まり。やってしまった…住宅街の中でも外れにあたるであろう閑散とした場所に来てしまった。このままオバケに殺されてしまうのだろうか…
「あららー行き止まりだね…?」
「ひぅっ…!!!」
いきなりかけられた声に体がビクッとはねあがったあとにガタガタと震え始める。
・
「しー、あんまり煩くしたら…ちょっと黙ってもらうことになっちゃうよ?」
「んぅ…む、」
いきなり口を大きな手で抑えられた。あ、れ?オバケじゃない…男の人…?
大嫌いなオバケじゃないことに若干安心した直後に違った恐怖が襲ってきて背筋が凍りつく
「名無しさんちゃんが悪いんだよ?急に、あんなチャラそうな男なんて作るから…俺、浮気は許せない」
浮、気…?何を言っているのだ彼は。浮気もなにも、私は高尾くんとしか付き合ってないし、異性とお付き合いするのは彼が初めてだ
とにかく怖い。後ろから体を羽交い締めにされ口を塞がれ…足をばたつかせても効果もない。増して相手は聞いたこともない声で誰なのかも分からない。知らない男性に体を触られることがこんなにも気持ちが悪いことだなんて、今まで平和に生きてきた自分は知らなかったし、知りたくもなかった
「大人しくしろよ。俺だって、傷つけたくはないんだから。」
頬にヒヤリとした感覚。反射的に刃物が当てられているのだと分かりさらに震える体。抵抗したいのに全身冷水を浴びたような寒気を感じるのと、冷や汗をかくばかりで私の体は動くことを忘れてしまったように、すっかり恐怖に負けてしまっていた。
「ふふふ、大人しくなったね名無しさんちゃん。」
首筋に男の唇があたる。舌がつぅ…となぞり気持ち悪い。こんな感覚初めてだ、とにかく、気持ち悪い。今すぐにでも声を出したい、叫びたいのに頬にある刃物の冷たさが妙にこちらを冷静にさせる
「や、めて、ぃ…やっ、あ!!!んむっ」
「おっと、危ない。怯える顔も可愛いよ。俺が追いかけてるときも最高だった…怖くて振り返れなかったのかな?徐々に追い詰めていく感じがたまらなかった…」
胸を服越しに触られ、たまらず声をあげようとしたら口内に指を二本、入れられる。奥まで入った指がのどにひっかかって苦しい…気持ち悪い…暴れても暴れても所詮は男女の力差ではどうにもならなかった。
なにも考えたくなくなって抵抗する体力も付き、意識が朦朧としてきた頃突如服の中に入ってきた男の手
「ひっぅ…ぐっ」
今までとは違った感覚に目が覚め、再び抵抗しようと無我夢中で口内に入ってきていた指を噛んだ
「いってーな…折角俺が優しくしてやってたのに。逃げられると思ってんのかよ?あ?」
男の手から逃れることが出来たが道は行き止まり。唯一の通り道は塞がれている、そして思わぬ反撃に激昂する男
もはや最悪の条件しか残っていなかった
「ぃ…や、いや!!!こないで…た、かおく…ん、高尾く…っ!!!高尾くん…!!!」
「高尾くん?あぁ、あいつの名前か…俺の前で他の男の名前呼ぶなんて、何?もっと酷くされてぇの、名無しさんちゃん?」
足に力なんて入らなくって、地面にへたりこみながら叫んだのは彼の名前
大好きな彼の名前
ごめんね、こんなことになるなんて思わなかったの…私、もう、ダメかも
・
逃げ道もない、絶望的な状況にもはや目をつぶってなにも見ないよう、聞かないようにしたい。そう諦めたとき
ドカッ
私が背にしていた壁に大きな音が響いた。当たったものは勢いよく壁から跳ね返って男に当たる、バスケットボール…?
「何、人の大事な子に手ェ出そうとしてんの」
疑問系ではなく、脅しの響きを含んだ低い声。普段とは違うトーンだけど分かる、高尾くんだ
すぐにこちらに走ってきて私を背にかばう彼の背中はとても大きく見えた。まだ震えは止まないが心の中は大分落ち着く
「お、まえ…俺の名無しさんちゃんを返せ!!!お前なんかよりも先に俺が目をつけていたんだ!!!お前さえ…お前さえいなければ…っ!!!」
「何言ってっかわかんねーし、聞く気もねーよ。名無しさんを泣かせたんだ、ただで済むと思うなよ」
高尾くんが相手に殴りかかろうとした瞬間、悲鳴と共に避けた…正しくは避けさせられた。
「いで…いっ…頭がわれ、る…!!!」
緑色の髪をした彼の手によって、頭を鷲掴みにされ、ひきずられている
「高尾、落ち着け…は、無理か。気持ちは分かるが、暴力はまずい。こいつはこのまま俺が警察に連れていくのだよ。お前はみょうじのそばにいてやれ。」
歯を食い縛り怒りを抑えるように、しばし黙った高尾くんは盛大な舌打ちを1つ落としたあとに
「あぁ…悪ぃ、真ちゃん…頼むわ。」
緑間くんが頷いたのを確認してこちらに向き直った。初めて彼の顔を見る事が出来た…が、それはいつもと正反対の酷く悲しそうな顔だった
「ごめん、ごめんな…名無しさん…ごめん、俺…ごめん…」
「ゃ…っいや…いや、や、めて…やぁっ」
ぎゅうっと抱き締めてくれる腕は彼のもの。頭では理解しているのに、抱き締める力が強ければ強いほどに先程の事がフラッシュバックしてしまう
頭がぼぅっとしてしまい、涙で視界が歪む。分かってる、目の前にいるのは、抱き締めてくれているのは、高尾くん。なのにどうしても力が抜けない。彼を傷つけるって理解しているのに体がいうことを聞かない。いやいや、と子供のように同じ言葉を繰り返してしまう。
「うん、うん…分かってる。分かってるんだ…本当はこういう時、女の人の方が良いに決まってるって。でも、悪ぃ…頼むから、俺を少しだけ、安心させて…?無事で良かった…名無しさん…」
「ひぅ…た、かおく…怖かった、こわかっ…よぉ」
「俺も…すげぇ怖かった…名無しさん、名無しさん…」
抱き締めてくれる腕が震えている。あぁ、私だけじゃないんだ、恐怖を感じたのは…いつもとは違い頼りなくすがり付くような抱擁だったけど、ひどく安心できた
「ごめ…なさ…ぃ、ごめん、ね。私、が弱い、から…」
「なぁーに言ってんの…?お願いだから、守らせてよ。そのために俺がいるんでしょ…?遅くなって、ごめんな、怖かったよな…」
高尾くん曰く、早めに部活が終わり帰ろうとしたところで私と同じ委員会の人に会ったそうだ。少し前に帰ったと聞き、追いかけてくれたものの私に会わず私の家まで着いてしまい心配した緑間くんと一緒に探してくれていたそうだ。
「あ…名無しさんのお母さんにも、電話しねぇと…どうする…?俺が言ってもい?」
高尾くんの腕の中でだいぶ落ち着いたとはいえ、まだあまり声を出せないため無言で頷き高尾くんにお願いする。ぽん、ぽん、と一定のリズムで背中を叩いてくれる彼の腕の中で泣き疲れて眠りそうになる。段々と彼がお母さんと話している声が遠ざかってい、く…
・
目が覚めたら見慣れた天井、自室のベットの上にいた。ぬくもりを感じた右手の先には高尾くん。まるで昨日の夜が悪夢だったかのように、感じるくらい、幸せな朝
「た、かおくん?」
「ん…んぅー、っ名無しさん?」
名前を呼ぶとぱちっと目を瞬かせて私を抱きしめてくる高尾くんにビックリしてしまう
「あ…ごめ、離れる…わ。」
ビクッとした私を違う意味でとらえてしまったのか、高尾くんは寂しそうに微笑んで手を離してしまう
「ち、違うのっ…ビックリしただけ、だから…お願い…そばに、いて…?高尾くん、なら大丈夫。高尾くんじゃないと、ダメ、なの…」
ぎゅうううっと初めて、自分からすがりつく。高尾くんと緑間くんがいなかったら、と考えるとぞっとする。犯人はストーカー常習犯だったようで、緑間くんが交番に連れて言った瞬間ほとんどを察してくれたそうだ。私も後で少し、お話しなければならないけど、落ち着いてからでいいとのこと。
「本当に、間に合ってなかったらどうしようかと思った…。良かった…心臓止まるかと…ゴメン、本当にゴメン…、もっと早く声が聞けてれば良かったのに」
涙目になってこちらを見つめる瞳はとても優しくて、悲しそうだった
こんな表情をさせて、私の方こそ軽率な行動をとったことを後悔しているというのに…
「ううん、高尾くんは私を、助けてくれた…私が悪かったの、あんな時間に一人でのこのこ歩いちゃって…本当にごめんなさい」
「名無しさん、これからは一緒に登下校しよう。俺の自主練が気がかりなら、体育館で待ってて。名無しさんの両親にはもう話してある…お願いだから、俺の頼み聞いてくんねェ?」
そんな願ってもない話を断る理由なんてあるはずもない。しかも、私の両親にあんな状況だったとはいえ、挨拶をしているとはさすが高尾くんである。
ごめんね、と、ありがとう
うん、ありがとう…高尾くん、ごめんね…
あーもう、謝るの止めようぜ…これからはこんなことないように四六時中俺がいるから。嫌だって言っても離さないから…
ん、大好き…高尾くん、大好き
俺も、愛してる…
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