黒バス

□君のきもち
1ページ/1ページ

「んー?あの子また来てるっすね」

「名無しさんの奴、今日も清々しいくらいに緑間しか見てねえなー」

「え?青峰っち、あの子の名前知ってるんスか…?」

「知ってるも何も、緑間と話すのに良く教室来るからまぁ、俺も友達だな。」

「えー!?そうなんスか!?あの子、なんだか珍しいタイプっすよね〜今まであんなに緑間っちにしか興味ないですーって女子初めて見たっスよ」

練習中に煩いのだよお前ら…とは思ったものの、まあそれに突っ込むほどに心の余裕はない。みょうじがいる日は特に集中せねば意識がどこかに行ってしまいシュートが外れるというゆゆしき事態を招くことになるのだから。
というかいつの間にお前とみょうじが友人になっているのだよ、青峰。勝手に思い込むのは良いが彼女を巻き込むのは止めるのだよ

ごちゃごちゃと巡る考えはどの角度から考えても自分が彼女のことをどうやら気に入ってるらしいという事実にたどり着くばかりだ。こんな面倒な感情、いらなかったのに…バスケットに支障が出ているという事態がとても憎い

今まで女子と話す、ということはなかなかなかった。黄瀬や青峰とは違い世間一般的に無愛想という部類に含まれる自分に話しかけてくる女子など皆無だったし、俺から話しかけることなどなかった。でも、みょうじは違った。俺のシュートが好きだと言い、飽きることなく練習を見つめている。本の話も良くする。バスケで時間の大半がつぶれる俺のために、昼休みにはお勧めの本を持ってきてくれるようにまでなっている

「私今まで男子と話す機会なんてなかったんです。でもこんなに、話しやすい方は初めてです。緑間くん、ありがとう」

と静かに微笑んだ彼女の顔が忘れられない。認めてしまえば、例えば彼女に思いを伝えれば楽になるのだろうか
だが、思いを伝えたからと言ってなんになる?付き合うだとかそう言ったことはしたことがないのでどうすれば良いのか全く分からない。俺と、みょうじが、付き合う…

付き合う…付き合う…

「緑間ーきゅーけいー、きゅーけーい!!!」

「…!!わ、分かっているのだよ…」




彼女、みょうじは大人しい。普段バスケ部を見学に来ているような女子とは全く違う。今、休憩の時間だって別に俺のところで話しかけにくるわけでもない。先ほど言った昼休みだってそうだ、話はするが図書室の帰りに寄るといった感じなのでそこまで居座ることもない
そういう控えめな所がとても好ましく思う理由の一つだと思う。

「なぁー結局さー、お前と名無しさんって付き合ってんの?」

ゴファッと口に含んでいたドリンクが溢れだした

「だっ…だ、にを…げほ、」

「ちょ、緑間っちのこんな姿なかなか見れないっす!!!青峰っち今のみたッスか!?」

「ぶはっひっでぇー顔だなおい。あー今の撮っとけばよかったー」

いきなり変なことを言い始めたお前が悪いのだよ…という言い分は通じるはずもなく腹を抱えて笑う二人
この二人が一緒にいると面倒なことこの上ないのだよ…誰か、助けてくれ

「…?緑間くん、だっ大丈夫ですか?」

「だ、いじょうぶなわけないのだよ…っ!!みょうじ…」

違う違う、彼女はダメだ。今は特に助けを求めていない…というか逆効果だ…

「あー噂をすればなんとやら、だな」

「青峰のくせに珍しく難しい言葉を使うのだな…くれぐれも、変なことは言うなよ」

「俺、黄瀬涼太って言います。初めましてっスー!!!緑間っちの彼女さん♪」

黄瀬にこんなに殺意が湧いたのは多分後にも先にもないだろう。キャラ崩壊だとか言われたって良い、黄瀬を埋めてやらねばこの気は収まりそうにない。それよりも、俺の目の前でぽかんとした顔をしているみょうじをどうすればよいのだよ。おい、黄瀬、どうにかしろ。

「み、どりまくんとは…」

「ただの知り合いなのだよ。」

言い淀んだみょうじの言葉の先は、聞きたくはない。彼女が俺のことをなんとも思っていないことなんて初めから分かりきっていることなのだ
聞きたくない、聞きたいわけなどがないその気持ちが俺を焦らせて彼女の言葉を遮って言葉が出てくる。

「ただの図書委員とバスケ部員、それ以上でもそれ以下でも…ない。」

こんなときだけすらすらと言葉が出てくる自分が嘲笑えてくる。

「緑間…てめえ、ちょっと待てよ。もう一回名無しさんの顔見てそれ言えんのか…?」

普段よりも幾分か低いトーンで青峰が怒りを抑えるかのように話し出すがそんなことは関係ない。くだらない、とてもくだらない意地だ
彼女の口からなんでもない関係と言われるくらいなら、自分からいった方がまだましだ。

「当たり前だ…!?」

青峰と黄瀬を睨んでいた目線をみょうじに戻す。見つめた先には先ほどのぽかんとした表情からは一変して悲しそうな顔をしたみょうじ。違う、そんな顔が見たかったわけではない…てっきりそうですよ、なんてニコニコしながら答えるものだと思ったのだ――俺の気持ちも知らず無邪気に

「っ…みょうじ、」

「ご…めんなさ、い。私、今日は帰ります…ね。用事、があるので…お邪魔、しました。さようなら…」

待て、待ってくれ…そんな今にも涙を溢しそうな瞳で見つめないでくれ。こんなはずではなかったのだよ…

「あ、ちょ…名無しさんちゃんっ!?」

去り際も彼女らしく、ぺこっとお辞儀をしてから走るわけでもなくとぼとぼと歩いていく。こんなところまで性格が出るのだな、なんて現実逃避甚だしい考えに至った時に頭に強い衝撃が走る。




「何、してるんですか緑間くん。」

「……黒子、お前か。俺は今虫の居所が悪いのだよ…構うな」

ボールを持った彼を見る限り、どうやら衝撃の犯人は黒子だった。何してる?そんなこと俺が聞きたい。

好きだと意識した、のだと思った。とにかく彼女の姿を見かけるだけで高鳴る鼓動、気付いたらみょうじのことばかり考えている自分。そんな自分に腹が立っていた。バスケット・学業以外に人事を尽くすものは増やす必要性を感じない、こんな感情はいらないものだと
だがしかし不思議とみょうじのことを考えている間は心が落ち着く。バスケをしている時とはまた違った安心感があった。それと同時に胸がぎゅっと締め付けられるような切ない痛みが走って…

「さっさと行け、緑間。仕方がねえから黄瀬は俺が殴っといてやるよ」

「ちょ、青峰っち…そんなかっこいいドラマの主人公みたいなこと言ってるッスけど、俺そこまで酷いことしてないっすよ。緑間っちの方がよっぽど…」

「バーカ、あんな腑抜けた緑間殴ったら一瞬で倒れるぜ。ははっ顔色悪すぎだろ」

当事者である俺のことを半ば無視してぎゃいぎゃい騒ぐ馬鹿コンビのことはもう放置だ。黒子、も…なんだか全て見透かしているようなそぶりがどうしても気にくわない。そんなに簡単に素直になれるものなら、とうに彼女に思いを伝えることもできただろう。
こういう性格なのだよ。どうしようもない。彼女に思いを伝えたところで俺じゃ、彼女に何もしてやれないことは目に見えている

「緑間くんらしくないですね。そんなことしてると横から取られちゃいますよ…いいんですか?」

「…ずいぶんと自信がある口ぶりだが、誰がみょうじを取るというのだよ。もとより俺のものでもないし、関係ないがな」

さっき、紫原くんがみょうじさんを見て追いかけて行きましたよ。と言う黒子の言葉の最後を聞かず動いた体
安心していたのだ。彼女があまり男子と話さないことに…そして関係ないとは思うし、言ったはいいものの体は正直で

なぜ俺はみょうじの元に向かおうとする?なぜこんなに焦っている?好きでも無理だから仕方がない、と諦めるのではなかったのか…?

何が俺じゃ何もしてやれない、だ。
俺らしくもない…人事も尽くさずに諦めるだなんてあり得ないことだったのだよ。これじゃあ来るべき天命だってきやしない。――誰が相手であろうと全力を尽くすのみ。だったはずだ

とにかく、今すぐに彼女と会って話がしたい。紫原になど、譲るつもりはない




涙を必死に抑えながら逃げだした体育館
私、ちゃんと笑えてた?
私、ちゃんと話せた?
緑間くんが私のこと、どうとも思ってないことなんて知っていたはずなのに、なんでこんなにも胸が痛いのだろう
お友達だと思ってたんだけどなぁ…そっか私はただの友達にもなれないのか、なんて思ったらどうしても堪え切れずに涙がこぼれそうになった

せめて嫌われたくはないという気持ちのみでどうにか耐えてきたはいいものの…やっぱり、

「痛い…なぁ…」

「なーにが?名無しさんちん、怪我したの…?」

ポツリ、いつも以上に小さな声で落とした言葉に反応したのは期待した彼ではないけれどもとても優しい声

「むっらさきばらく…ん、ど、して…?」

人と話すとダメだ…抑えてきたものがぶわぁっと一気にこぼれ落ちそうになる…ダメ、ダメ。優しくしないで…

「せっかく名無しさんちんと休憩中のお菓子タイム満喫しようと思ったらいねーし、追いかけてきたー」

どっち食べたい?なんて言いながらぱぴこを差し出してくれる紫原くん
何を言うわけでもなく、ただただ横に座ってぼーっとするだけ。それにすごく救われた
こういうときに多くを語らず、ただそばにいてくれる。一人でいても辛すぎて悲しみに押し潰されそうだった私にとって、すごくありがたいことだった

「名無しさんちんさぁー、みどちんのどこが好きなの?」

「――ぅえ!?…え?…………え?」

前言撤回。彼はいきなり大きな爆弾を落としてきた。しかも今しがた痛んだばかりの傷口をえぐり混むように…

「だってさ、あんなに無愛想で変人で、みどちんて、とっつきにくいでしょー?変人だし。シュートは確かにすごいかもだけど、変人だし。」

「そ、んなことっない…です。確かに、少しだけ変わってるところも、あるかもしれないけど…緑間くんは穏やかな方で、私の話も静かに聞いてくれる優しい人です。シュートがとても綺麗でいつもみとれちゃうくらいなんです。彼のシュート、初めて見たとき感動しました。それから練習を見学させてもらって、才能に溺れず常に前を見て努力する姿に惹かれていったんです…」

あと、それから…あの時、、、尽きることのない話題。彼に関して語らせると自分はこんなにも饒舌だったのだなぁと少し笑えてくる。さすがに紫原くんだって呆れちゃうよ、こんなに一気に話したら…てくらい緑間くんの好きなところってたくさんあるんです。私は、緑間くんが大好き。
ふーんだとかへーとか聞いてくれてるか分からないくらいの返事を返してくれる紫原くん。でも不思議と嫌な気持ちはない。むしろこのくらいの返事が気持ちいいくらいだった


「…名無しさんちん、本当に好きなんだねー、ところで後ろにいるみどちんはどうなのさ」





後ろ…?
疑問符を浮かべながら振り返るとそこには、顔を真っ赤に染めた彼の人
ああ、こんなベタな展開を私は望んでいたのかもしれない

でも彼が顔が赤い理由は他にあるかもしれない。まだ肝心の緑間くんは無言のままに一言も発していないのだから

「俺、こんな役いやなんだけどー。でも名無しさんちんだから、いっか…とりあえず休憩時間中に戻ってこねーと赤ちんにちくるから」

すっと立ち上がって緑間くんと入れ違いに戻っていく紫原くんをただただボーっと見送ることしかできなかった。言えることなんてあるはずもない。あんな恥ずかしい告白の言葉達を全て、聞かれていたのだろうと思うと一気に顔が沸騰したかのように熱を持ち、彼のことを直視できず視線を外すために勢いよく顔を伏せてしまった

そして一度伏せたらなかなか戻すことができない。
どうしよう、どうしよう、だって別に彼が私のことをなんとも思っていなくたってあんなに自分のことをほめちぎられたら(私の中では普通のことを言ったまでだけど)誰だって顔の一つや二つ赤くなるだろう。という考えに至ってしまってからはもう、むしろ恥ずかしくて怒っているのかもしれないしなんとも思っていない女子にこんなふうに我が物顔で語られて気分を害しているのかもしれない。
マイナスに向かう思考は止めどない

「―――みょうじ…顔を、上げてくれないか?」

ビクっと肩が跳ね上がったのを感じた。無理だ、無理だ。きっと緑間くんは怒っているに違いない。それは今の告白に対してか、いきなり帰ったことにかもしれないし…いきなり影が差したことから目の前に立ったであろう彼のを見るのが怖い。普段はあんなにも綺麗な緑色の瞳に私の姿が映るだけで心臓が高鳴って仕方がないというのに

あまりに長い沈黙。彼と一緒なら沈黙だって心地よかったのに今はただただ耳が痛い。心も痛い。ずっと顔を上げられない私を見かねたのかふぅ、とため息を一つこぼす緑間くんにまた涙がこみ上げてくる

「ごめ、んなさい…緑間くん、私…違うのっそ、んなつもりじゃなくって…あの、困らせてごめんなさい…」

「なぁ、みょうじ。まだ俺は何も言っていないのだよ…」

肩に重みがかかり、彼の大きな手が乗っていることを横目に確認したと同時に覗きこむようにして長身を屈めて来た緑間くんに驚く
さっきはあんなにも見ることができなかったのにこの綺麗な琥珀色の瞳に見つめられると視線をそらすことが許されない、そんな気分になってしまうから不思議だ
キッと力強く見つめたかと思うと急に視線をそらす。その動作を何度かした後にふぅと一息吐いて口を開いた

「好きだ」

気を抜いていたら聞き逃してしまいそうなくらいシンプルな一言。たった、三文字。こんなにも心臓によろしくない三文字は初めてだ

「っほ、んとっに…?」

「こんなところで嘘ついて、どうするのだよ…好きだ名無しさん、大好きなのだよ」

初めて見たその頬笑みはあまりにも眩しくて

―――ところで、恋人同士、とは何をすればいいんだ…?

えっ…と、ん…一緒に学校行ったり帰ったり?

そうか、ならば明日から迎えに行く。

は、はい!!!お願いしますっ


―――あの二人…前途多難だねー…折角俺が動いてあげたのに。




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ