黒バス

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先日の奇妙な会合(デートと呼ぶことはできないものであることは確かだ)から早くも二週間は経とうとしているけれどあの時に交換したラインには未だにポコポコと断続的にメッセージが流れてくる。
彼との会話は、それこそ日によってさまざまだけど大抵今日はあれ食べたよだとか今度またケーキ食べに行こうよだとか今日は何してたの?だとか、何気ない日常会話が多い。元来自分から話すことが得意ではない私にとっては彼がこんなにも話してくれることがとてもありがたい。会話はしたいけど切り出せないのが私の欠点だ。

紫原くんとのラインごしでの会話はとても楽しくて仕事中も返事が来ているかな?とソワソワしてしまうレベルでこれは本格的にまずい状況だ。お昼休みと終業後はにやにやしながらスマホを眺める日々…なんだか怪しい人物のような響きだけれどこれでも恋する女です。きっと、多分。

今日も会社の帰り道の電車で紫原くんから来たメッセージを確認すると彼らしい短い文章で「そういえばいつもどこの駅使ってるの?」と不思議な質問が。
不思議といえば不思議だけどここ数日間のやり取りで彼の発言は八割がた深い意味がないことが多かったのでそのまま最寄り駅を伝えると「そっかぁ〜わかった」とだけ返事が来たところで一旦会話が途切れた。あと20分ほどで駅に着くから少しだけ寝よう…

「あ、名無しさんちんいた〜」

変な体勢で寝てしまったせいで凝り固まった体を伸ばし、さあ家路を急ごうと改札を抜けようとした瞬間、ぱしっと掴まれた手首。驚きを隠さないままに手の先をたどっていくとそこには見慣れたというにはまだ早いけれど先々週に会った彼がいた。
「え、」だとか「なっ」だとかおおよそ言語というにはほど遠い声を発しながら早く行こうって言いながら腕を引く彼がずんずんと進んでいく。あれ、私今帰るところだよ紫原くん

「あんね、今日これもらったから名無しさんちんと行きたいなーと思ってさ。」

ぴらりと見せられたのは先月隣の駅にできたばかりのちょっとおしゃれな洋食店の招待券。ここのお店のスイーツがそれはもう美味しいと噂になっているのは聞いていたので近々行きたいなと思っていた。

「えっ、すごい!でもここのお店今すごく人気で予約がなかなか取れないって…」

「いーのいーの。余ってたってもらいもんだし。」

「余り…いやどちらにしてもくれぐれもお礼を言わなきゃ…。」

余り、とはいえこんな素敵なものを手に入れられる紫原くんの交遊関係って…それより何より嬉しいことは

「紫原くん、誘ってくれてありがとう」

彼が誰でもない私を選んでくれたこと。

思わず頬が緩むのを抑えることができていないことは百も承知だけど、それを隠さず伝える。

「ん、その顔見たかっただけだし。」

彼もまた満足気に微笑んで私の頭の上に手を置く。
この歳になって頭を撫でられるのが嬉しいだなんてなんだか気恥ずかしいけれど彼の大きな手はとても安心する。
だがしかしこれだけは断言しよう。こんなことを素でやってのけるからきっと紫原くんはモテるに違いない。

そのまま何気ない会話を続けて電車に乗り込み隣の駅へ向かう。
さすがに帰宅ラッシュと被っているせいか乗り込んだ電車の中は混み合っているけれどもほんの数分だし我慢我慢…

「名無しさんちん、こっち。」

「あっ、ありがとう…」

端に寄せてくれた上にとなりに立つ紫原くんはまるで

「す、すごいね紫原くん。体格いいなぁとは思ってたけど辛くない?大丈夫…?」

「え?俺に大丈夫とか聞くの名無しさんちんくらいだし」

「そ、そうかな…だってみんなできゅーぎゅー押したら結構な力でしょ…?紫原くんて、何かスポーツやってたりするの?」

へーきへーき。ってなんでもないみたいに言う彼に少し疑問に思ってたことをぶつけてみたけれど彼はずいぶんと難しい顔をして黙りこんでしまった

「あ、言いたくなければ無理には…」

「いやそーゆーんじゃねぇんだけど、う〜ん、秘密〜。」

意地悪そうな表情を見せて教えてくれない紫原くん。無理に聞こうとは思わないけれど気になる。

「あ、名無しさんちん怒った〜?」

「怒ってないです〜ちょっと寂しいだけです〜」

「…っ、そーゆーの、ほんと反則だから他の男にやんないでね…」

「他の男も何も私、全然そういう機会ないから…」

自分で言ってても悲しいくらいですよ。仕事以外でこうやって男の人と話すことなんて紫原くんくらいなんだもの…つまり、彼に出会う数週間前までは、の話はどうか聞かないでください。



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