黒バス

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眠れない。
紫原くんにキスされて、腕の中に閉じ込められて、彼はすっかり熟睡してしまっているしソファの背もたれと彼に挟まれてしまって逃げることはできないし。
何よりも緊張が解けなくて眠ることなんてできない。
彼に捕まったのがおそらく数時間前。窓から差し込む日差しで朝方になっていることは明白で、徹夜なんて数年ぶりにした気がするなと妙な達成感すら感じる。

「私がこんなに緊張してることなんて知らないんだろうなぁ…紫原くん〜…」

いや、寝てる彼に察しろという方が無理ですよね分かってます。
少しばかり胸を叩いてみたって起きないことは実証済みだし、こんなに気持ち良さそうに寝てる彼を起こしてしまうのも忍びない。

「私ばっかり好きみたいで、意識してるみたいで、なんだか悲しい…」

「…んー。」

「ひゃっ!」

ついついこぼれた独り言が煩かったのか、反応した彼。
ついに足まで捕まって本当に身動き一つ取れない…というか紫原くんはハーフパンツだし、私は七分丈のスウェットだし、普段は触れあうことのない肌が触れあっているという事実がやばいです。手を繋いだこととか、ほっぺにキスされたりだとか…なんていえばいいのだろうかとにかくなんだかこう、普通だったら人と触れあうはずのない場所をこんな風に絡めとられてしまうとすごく、すごく、緊張する。

「…ん、うっせぇし…」

いっそのこと意識を飛ばせることができたら楽なのにだなんて現実逃避をし始めた所で突然の救世主が現れた。けたたましく鳴るスマホの着信音にビックリしたけれど、この際そんなことはどうでもいい。紫原くんが目を覚ましてくれたことが大事だ。

「紫原く…わっ、」

「…なに、室ちん。切るよ」

これで晴れて自由の身かと安心したのもつかの間で、なぜか紫原くんは改めて私を胸に抱き抱え直した。あやすようになでてくる右手が大きくて、暖かくて、とても心地がいい

「は?…嫌だし。今日は家から出ねえから。今いいとこなのー」

「…?」

「いーやーだー。絶対来ないでよ。来たらひねり潰すって峰ちんにも言っといて。」

てしてしとスマホをタップして通話を切る紫原くんは寝起きにしてはずいぶんと意識がはっきりとしているような。

「ねぇ、紫原くん」

「ん〜?名無しさんちん、おはよー。」

そんな可愛い顔しても騙されないんだからね。小首を傾げてにこにここちらを見る姿が憎らしい。

「ねえ、いつから起きてたのかな…?」

「ん〜…私ばっかり好きみたいでってとこ?」

「じゃあ足を捕まえてきたのは?」

「わざとー。ごめーんね?名無しさんちんが寂しいこというからつい〜。ねぇ名無しさんちん、オレのこと好き?」

「……黙秘しまっん、」

「ファーストキスゲット〜」

ニコニコニコニコと機嫌がとても良さそうな彼にやられるばかり。昨日の夜はやっぱり寝ぼけてたのか…

「初めてじゃないよ」

「…は?」

「初めてじゃないもん…」

「…ちょっと待って。いつ、誰としたのさ。いくら名無しさんちんでも怒っ…」

「紫原くんの、バカ…」

覚えてないだろうなとは思ってたけどやっぱり覚えてないなんて、寝ぼけてキスされたこっちはずっと眠れなかったのに。つい涙目になるけどこんなことで泣くなんて情けないことはしたくないからぐっと堪えようとするけれど、私が泣きそうなことに気づいた途端に数秒前の怒りはどこへやったのやら優しくなるから困りものだ。

ごめん、だなんて言いながら頬を撫でる手はとても優しくてなぜかまた泣きそうになってしまう。私こんなに泣き虫だったっけ…

「名無しさんちん、ねえ、誰と…?」

紫原くんまで泣きそうな顔しないで…

「き、昨日っ、紫原くんと…」

「………………は?」

「夜、寝ぼけてたみたいで…急に捕まって…」

「うそ…まじで…?」

こくり、頷くとオレめっちゃかっこ悪いし…って落ち込む彼を見ていると本当に寝ぼけてたんだなぁと妙に落ち着いてしまった

「もっかい。」

「…え?」

「もっかいやり直しさせて。名無しさんちん、おねがい。」

紫原くんがあまり見たことないくらい真剣な眼差しを向けてくるから言われるがままに頷く。あ、嬉しそうな顔。

「名無しさん、大好き…愛してる。」

「…っ、わ、私も大好き。」

綺麗な紫色の髪が鼻先に触れる。距離感はほぼゼロだけど紫原くんの唇はなかなか触れてくれなくて意地悪されてるのかな?なんて思えば

「ちょ、待って。なんかオレも緊張してきたし…」

真っ赤になった紫原くんがいて、つい笑いがこぼれてしまう。

「ふふ、ごめん紫原くんが可愛くてつい…」

「むー…笑う余裕なんてなくしてやんだからね。」

おでこに、耳に、鼻先に、頬に、唇のすぐ横に。少しずつ近づいてくる彼の唇。

「もう離してあげないかんね…んっ、」

少しだけ意地悪な顔をしてキスされる。ちゅうっと長めに、ただ重ねるだけだったけれど、肩を抱く彼の腕も後ろ頭を捕まえる手も、全てが優しくて泣きそうになる。
二人とも意識して重ねるのは初めてだから(さっきのは急にだったからノーカウントで。)離した後もなんだか気恥ずかしくて紫原くんの顔を見れない私と、顔を見たがる彼の攻防は長く続いた。


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