ペダル
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「わ、」
従兄弟に「地元でやるから、IH見にこいよ」とお得意のバキュンポーズと共に告げられたのは先週のこと。そして今、私は自転車競技のIHを観客席から見ている。
歳が離れているわりには仲の良い従兄弟が没頭しているせいか、一般の人よりは知識はある方だけどあくまでも私はスポーツにあまり興味がない一般人だ。
それにしたって彼の走りは惹き付けるものがあった。
例えばあのカチューシャの子だったり、緑色の子だったり、赤い髪の子だって…あ、あとアブって言ってた子もそれと隼人も。まぁ、隼人のあれは、うん。あの子を怒らせるのは止めようと思いました。はっきり言ってトラウマです。黙っていればうさぎを溺愛してる可愛い可愛い従兄弟なのに…
みんなそれぞれに何やら必殺技のようなものを持っていてとても目立っていた。でも、何よりも私の視線を惹き付けていたのはコーナーギリギリを荒っぽい走りで風のように通りすぎていった黒髪の野獣のような彼の走りだった。
あのまま彼が一番乗りにゴールするかと思ったらなぜか彼はゴール寸前で同じチームの金髪くんに追い抜かれて…正直なんでそのまま駆け抜けていかなかったのか甚だ疑問だ
後で隼人に聞いてみたら「靖友は、アシストだからな」って言われたけど意味がわからなかった。首を傾げる私をみて更に一言「役割なんだ」って。
隼人の学校は優勝を逃してしまったけれどすごいレースだった。私なんかの薄っぺらい語彙力じゃ言い表せないのが悔しいくらい濃厚な三日間だった。誘ってくれてありがとう隼人。
あの日以来、私は大学生になった隼人のレースは見に行ったし、実は彼の走りが忘れられなくて隼人にこっそり教えてもらって靖友くんのレースも見に行った。彼の走りを見るたび、ゴール後の笑顔(とは言えないかもしれないけど)を見るたび、胸がぎゅううっと痛む。病気かもしれない。これは危ない。
紹介するか?って聞いてくれる隼人にとんでもない!と首を振るのは何度目だろうか。靖友くんだってこんな年の離れた女よりも若くて可愛い子を選びたい放題だろうし、それにこれはまだ恋ではない。一種の憧れだと思う。そう思わなきゃ、ダメ。そうして言い聞かせていたのに、
「靖友、こいつお前のファン」
「はやっ…!?……え、と、やっ靖友くん、あの、初めましてみょうじ名無しさんです。」
出会い(?)は突然で、全身全霊込めて隼人をぶん殴りたい衝動に駆られているのとただ単に憧れの靖友くんが目の前にいる喜びとが混ざり合って、とにかく私は作り笑いで自己紹介をするのがやっとだった。
そして彼はと言うと
「はァ?俺のファンだァ!?頭沸いてんじゃねえのォっ?」
「おいおい靖友、人の従姉妹に向かってそれはないだろ?ほら、怖がってるじゃないか」
って言いながら笑ってる隼人は無視して、とにかく今は靖友くんの大きな声にびっくりしてしまってつい隼人の大きな背中に隠れてしまった。そりゃああの走り方だとか遠くから見た感じで靖友くんは決して優男タイプじゃないってことは知っていたけれど…会って早々このリアクションはあんまりだ。
「俺のファンっつー意味がわかんねぇんだから仕方ねェだろォが!」
「………っ、です。」
「あァ?」
「ほら、名無しさん。大丈夫だから、言ってみな?」
「か、かっこよかったんです。」
その一言に、はァ!?と更に声を大きくした彼にまた肩がびくりと動いたのを見つけて靖友くんは自分の口を塞いだ。私の言葉待ちなのだろうかじぃっとこちらを見つめる瞳はまるで獲物を品定めする獣のそれと酷似している。
「ゴール前、コーナーギリギリを駆け抜ける靖友くんがとてもかっこよくてIH以来ずっと、気になってたんです。でも、あの、私は平凡なOLだし、年上だし、とにかく応援だけしていようと思ってたら隼人が…ごめんなさいこんなおばさんにそんなこと言われても嫌ですよね。」
「別に、嫌な訳じゃねェ…すよ。」
少しずつ語り始めた言葉にちゃんと耳を傾けてくれる靖友くんはやはりいい人の部類に入ると思う。私がひとしきり話終われば目線を斜め上にそらして、首の後ろをガシガシとかきながら一言だけそう言ってくれた。
「じゃ、じゃあこれからも応援してもいいですか?あ、邪魔は絶対しないので…ただ、今まで通り靖友くんの走りを見たいだけなの。だから、お願いします。」
なんで私はいつの間にかお願い事をしているのだろうか…もう、隼人が黙っていてくれれば今まで通りにこっそりレースを見れていたのに。
「っんでそっちがお願いしてんだよ!!意味わかんねェ…。」
「はは、靖友ごめんな?名無しさんってこういうやつなんだ」
頭をかかえる靖友くんと隣で笑う隼人を、ああ仲がいいなあなんてどこか他人事のように見ていたら
「まァ今度から見に来た時は声くらいかけにきたらァ?」
名無しさんチャンってにやりと悪い笑みを零しながら名前を続けて呼んでくるけどそれは反則です靖友くん
「靖友、急に名前で呼ぶなんて珍しいなー」
「っせ、俺だけ名前で呼ばれんのも変だろォが!」
「あ、そうか…ごめんなさい靖友くん。隼人が靖友って呼ぶからつい…」
「べっつにー謝ることじゃねえけどよ。」
初めて会話をしたけれど靖友くんは想像以上に狼さんで、優しかったです。
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