ペダル
□黒猫が二人
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「くろ、お散歩付き合ってくれるかな?」
にゃあ、と可愛らしい鳴き声を聞かせてくれる我が家の愛描は贔屓目なしに可愛い可愛い黒猫ちゃん。
本当は自由に動き回る方が猫らしいとは知っているけれどどうしても目の前にいる穏やかな子は自由に出入りできるようにしてしまうと帰ってこれなくなりそうで、そんな不安から猫にしては珍しくハーネス付きでの散歩を強いてしまってる。
「天気いいね」
に、と短い返事が返ってくる。まるでお話ししてるみたいにいつも私の相手をしてくれるくろは家族も同然。歩いている途中疲れたと言わんばかりに立ち止まったら抱き上げてしまう。甘やかしすぎだとわかっていても止めることが出来ないのは一重にこの子が可愛くて仕方がないから
「くろ、疲れたの?ちょうどいいからちょっと休憩しよっか」
ベンチに座ってくろのために持ってきた猫缶を開けてあげる。食べている間は私は暇なので本を読む。これはいつもの習慣だ
「あー、隣空いてる…?」
声が聞こえて見上げてみると細身の、少しだけ目付きが(というか人相…?)悪い大学生くらいの男の子が立っていた。とてもきれいな黒髪が少しだけうちの愛猫を思い出させる。着ている服はなんというか…少し特殊でピチピチの…なんだろうこれは水泳?なわけないか、タオルも持っている所を見ると何かスポーツをやっているのだろう。マラソンか何かかな。
ベンチの端に寄って座っていたし特に断る理由も見つからずにどうぞという言葉しか返すことができなかった。
***
「お前は可愛いねェ」
「くろ…!?」
少し本に夢中になりすぎていたらしい…ふと隣から話し声が聞こえてみてみるといつの間にかくろと男の子がすっかり仲良しになっているなんて…
「くろって言うのォ?ぶは、そのまんまだネ」
にゃあにゃあ返事をするくろは随分と黒髪さんを気に入ったようで膝の上ですっかりくつろいでいた。
「わ、ごめんなさい。すっかり面倒見てもらってたみたいで…」
「いーよ、暇だったし。つか俺に懐く猫チャンなんて珍しいしな。」
意外や意外にも(失礼でごめんなさい)穏やかな話し方をする彼もくろのことがお気に召しているようで、鼻先をツンツンつついて遊んでいる
「猫、お好きなんですか?」
「ん、動物は割と好き。こいつら正直でいいよなァ」
ゴロンゴロン膝の上で転がってるくろを見つめる瞳はとても優しい
最初、怖い人だなんて少しでも思ってしまってごめんなさい
そんな罪悪感を少し感じていると遠くの方から聞こえる誰かを探す声。
「げ、やべ…」
「探したぞ荒北。後で自主練するのはわかっているがチームでの練習も大事だ、しっかり参加しろ」
「ッセ!わぁってるよ…ったくこのくっそ暑ィ日に練習すんなよ暑ィからァ!!!!」
おおお…前言撤回、やっぱり彼は怖い人。言葉遣いが荒い…
目の前に現れた坊主頭のサングラスの方は慣れているのか特に気にする様子もなく黒髪さんの手をつかみ連れて行こうとする
「だぁぁ!引っ張んな!!グラサン!……お姉サン、名前教えてヨ」
「え、」
くるり、こちらに向き直ったと思うとまた先ほどのように優しい声色で話しかける黒髪さんの本性が全く分からない
「くろ、ですけど?」
「違うヨ。おねーさんの名前ェ」
あーこんな時でも返事できて偉いねえ…くろ可愛いねえって私の膝に戻ってきてにゃあにゃあ鳴く愛猫を見ているとまさかの一言が返ってきたのでびっくりする
「え?私…?」
「そうそう、な・ま・え」
小さい子に言い聞かせるかのように近くで響くテノールは思っていたよりも心地よくて
「みょうじ名無しさん、です」
「っそ、あんがと。じゃあまたネ、名無しさんサン。」
またね?なんてあるのだろうか。
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