黒バス
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いらっしゃいませ〜という愛想のいい声を聞きながら入る店内はさすがに混んでいたけれど今日はどうやら彼が持っている招待状のお客しか入れない日らしい。
「む、紫原くん…あの、私仕事帰りのめちゃくちゃ普段着なんだけど、大丈夫…?」
「いいんじゃない?俺も別に普通だし〜」
紫原くんも確かに普通だけど元から持っているものが違うではないですかという訴えは却下されそのままお店の奥の個室まで連れていかれる。喧騒が遠ざかって落ち着いた空間はとても心地が良かった。
「同じ店内なのに全然雰囲気が違うんだねえ」
そうだねなんて気のない返事をしながら彼はもうメニュー表に夢中だ。
「ねえ名無しさんちん、この状況どう思う?」
「この状況?どうって…?」
ひとしきり注文をし終えたかと思うとまた彼から不思議な質問が飛んできた。突然の難しい質問に頭を抱える私に彼は相変わらず読めない表情を見せる。
「お店の個室に二人っきりってこと〜」
二人きりという部分を強調されると一気に顔が熱くなるのを感じる。ど、ど、ど、どうって…どうって言われると千載一遇のチャンス?とでもいえばいいのかな?え…?違う?
「あのさぁ…」
「あっ紫原っち〜!!!!もー探したっスよ!折角チケットあげたのに一言もなしで個室隠れるなんてずるいッス!!」
「…きっ!?」
紫原くんがふいに真面目な顔をして何か言おうとした瞬間に突然開いたドアの先には今をときめくモデルの黄瀬涼太君がいました。びっくりです。なんだか目の前で紫原くんと会話してます。これまたびっくりです。
「黄瀬ちん、ほんとーに空気読めないよね。ヒネリつぶしてもいい?俺、今日はマジだから。」
「えっ、ちょっ、待って紫原っち!何その感じ!?いつもよりなんかやばい!?………っつーか、そこのおねーさんは誰っすか!?」
「うるさいんだけど。黄瀬ちんになんか紹介しねーし。さっさと出て行ってくんね?」
どんどんヒートアップする会話に目と頭がついて行かない。けれどもここの招待券をくれたのはどうやら彼のようだ。まさか黄瀬くんからの贈り物だなんて、紫原くんの交友関係って一体…
「あ、あの…」
「あー名無しさんちん、ほんとに放っておいていいから。黄瀬ちんとかただの石だから。」
ヒドッ!と打ちひしがれる彼を見ているとなんだかとても可哀想に思えてしまったけれども、ともかく私の目的は一つだった
「あの、紫原くんを通じて素敵な招待状を頂きまして、本当にありがとうございます。申し遅れましたが私、みょうじ名無しさんと申します。黄瀬さんのお名前は一方的ながらも存じ上げておりますので、こちらも名乗らせていただきました。すみません。」
あまりにも整ったお顔が眩しすぎて直視はできなかったけれども伝えたいことは伝えられてほっと一息ついたところでなぜか広がる沈黙が痛い。何か粗相でもしてしまっただろうかと恐る恐る顔を上げるとそこには
「む…紫原っちぃぃぃぃぃめちゃくちゃ常識人なおねーさんじゃないっすか!なんで紫原っちとこんなおねーさんが一緒にいるんスか!?」
キラキラした瞳で私を見つめた後に紫原くんに詰め寄る黄瀬くん。そんな彼に紫原くんは手を伸ばして
「いっ…痛い!痛いッスよ!?」
「黄瀬ちんまじでうるさいし。もう済んだでしょ?じゃあね〜」
首根っこを掴むという言葉の再現がこの目で見れる日が来るとは…しかも黄瀬くんだってかなりの長身のはずなのに。紫原くんは易々とドアの外へ彼を放り出してしまった。もし仮に効果音をつけるなら「ぽーい」という音が一番合う光景でした。
彼を放り出したことでなにやら満足したのか紫原くんは改めて私の向かいにすとんと座り、無言で料理を待っている。手持ち無沙汰な私も立ち上がっていた体を椅子に落ち着かせ彼に習い料理を待つこととする。
なんだかモヤモヤした表情を見せていた彼に私の心もモヤモヤが募るばかりで食べた食事は味が分からなくてもったいなかった。
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