とうらぶ
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浮上していく意識に逆らうことなく持ち上げようとした瞼がひどく重たくて、身体も重たい。座ったまま寝るだなんて器用なことをしてしまった。
どのくらい寝ていたのかわからないけれどとりあえず起きようと小さく身じろぎをすると全身がバキバキと嫌な音をあげて、しばらくこの体勢のまま動かない方がいいかもしれないと思うほどだった。
「ぬしさま、お目覚めですか?」
「……!?」
長い髪の毛(の耳っぽい部分)をぴょこんとさせて今にも飛び付いてきそうな小狐丸が未だに部屋の入り口で正座していたことに驚きを隠せない
「あの、ずっとそこにいたんですか?」
「もちろんにございます」
「あの、小狐丸さん…」
「ぬしさま、いつも通りに"こぎ"や"小狐"などとお呼び頂けないのですか…?」
しゅんとしてみせる彼には悪いと思うけれどこんなに大きな男の人をそんな気安く呼べるほどの度胸は持ち合わせていない
「ご、ごめんなさい…あの、私…」
「ぬしさまがそれを望むのなら我慢致します。」
悪いことをしてしまった…けれど慣れるまでは…慣れたくはないけれど、このまま呼ばせていただくことにしよう。
「主、もう夕食の時間ですがいかがいたしましょうか?」
気まずい沈黙を破るかのように登場したのは先ほどあった薬研ではなく、
「は、長谷部…さん…」
「主、どうか長谷部とお呼びください」
「ごめんなさい…でも、」
「主、どうかお願いです。いつも通りにお呼びください。」
「は、せべ…あの、私、ご飯…いらないです。」
長谷部にはやはり勝てない。独特の威圧感により攻防は五秒ともたず惨敗した。長谷部に敵う審神者はどのくらいいるのだろうか…少なくとも私は一生勝てる気がしない。から、できれば甘やかしてくれる圧し切り長谷部がいい。
呼び方の攻防はともかく、彼らには悪いけれどどうにも食べる気分になれない。食べるの好きだったはずなんだけどなぁ
「ぬしさま…!では、私のことも小狐と…こぎと、お呼びください!」
「あ、ご、ごめんなさい…」
長谷部を呼ぶなら先ほどの小狐丸の意見も通すべきだ
しゅんとしてみる姿も紛れもなく私の中の小狐丸と完全一致しているし、その隣で主を困らせるなと怒る長谷部も本物だ。実際は小狐よりも長谷部に困らせられた気はしているけど。
「主、お気持ちは分かりますが何か食べて頂けないとみなも心配しております。」
「…ごめんなさい、でも…」
「ぬしさま、例えこちらのものを口にしてもしなくとも状況は変わりませぬ。」
思わず言葉につまる。異世界のものを食べるとそこに留まることになるとよく小説で言うものだから、それを警戒していることに彼らは気づいているようだ。望んで私を呼んでくれた彼らには悪いことをしている自覚はある。
「…ごめんなさい」
「決してぬしさまを困らせたい訳ではないのです。ただ…」
「このまま何も召し上がらないとお身体に障ります。」
「ぬしさま…後生です。どうか小狐の願いを聞き入れてくださいませんか。」
泣きそうな顔で言うなんてずるい。現実問題、こちらと自分の世界を行き来しないとならないことには変わりないし今現在私はこちらの世界にいるのだから状況は確かに変えようがない。
ならば少しでも前向きに進むべき、この状況を楽しむべきだとは理解はしているけれどなかなか行動には移せない。
「もう少しだけ、時間をください…ごめんなさい。」
「ぬしさまはこちらに来てから、謝ってばかりですね。」
落ち込んだ様子で小狐丸がこちらを見ていることは顔を見なくともわかる。彼らにはなんの罪もない。悪気もない。そんなことはわかっているからこそ、この状況を受け入れることができない自分こそが異端なのだと言われている気がしてつい謝ってしまう。これは私の性分だし仕方がない。
「平凡な頭しかない私にはこの状況を打破する方法も浮かばないし、まだ状況を受け入れることはできないです…あなたたちが悪くないことはわかっているけれど、この状況を受け入れることが出来なくて、謝ってしまうんです。でもあなたたちのことは、大好きです。たくさん、支えてくれてありがとう。」
画面越しだけれど確かに彼らは私の中に存在していたし、日常の癒しとなっていたことには違いない。それはあくまでもフィクションだからこそだったし、実際に敵を目の前にした時の彼らを目の当たりにすることを想像するだけでとても怖い。でも、彼らと過ごす日々はとても楽しかった。
「私は、この本丸が大好きです」
とにかく彼らに非がないことは伝えたいと思い必死に言葉を探すけれどなんといえばいいのかよく分からない。ただただ思ったことを口にし続けていれば小狐丸と長谷部は黙って話を聞いてくれていた。
「い、以上です。」
沈黙に耐えきれず締めくくりの言葉を入れたけれど、未だに反応がない。
なんだか自分がすごい恥ずかしいことを言ってたような気がするので早く逃げ出したいけれど部屋の隅にうずくまっていた私にはこれ以上の逃げ場はない。
強いて言うなら左手側にある押し入れだろうけど、ああいう場所に入っても自ら退路を絶つようなものに感じてしまう。
「あ、の…」
「ぬしさま、私もぬしさまが大好きです。ずっとずっと、こちらにいてください。ぬしさまと一緒にいとうございます。」
「え…?」
「俺たちの願いでこちらに呼んでしまって申し訳ありません。でも、何よりも主にお会いしたかったのは事実なのです。やっと、あなたとお話ができる。あなたのお世話ができることをとても嬉しく思います。」
「…っ、こんなダメな審神者で、いいの…?わたし、本当になにもできない。あなたたちの戦いを指揮することもこうして直接会ってしまったら、ままならないかもしれない。」
無情にならなければならないときもたくさんある。私にその決断が出来るとは思えない。
小狐丸が距離を詰めてそっと優しく抱き締めてくれる。暖かくて、大きくて、安心する。
「ぬしさまがいいのです。ぬしさまがいらっしゃればなにもいりませぬ。」
「こぎ…っ、」
「やっと、呼んでくださいましたね。」
ぽふぽふと背中を叩かれるとまた急激に眠気に襲われる。
「主、一先ずゆっくりおやすみ下さい。食事は後で持ってきますので。」
部屋の入り口で「美味しいとこは旦那に取られちまったな」とふてくされる薬研の声が聞こえたところで私の意識はまたブラックアウトしていった。
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