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□勝己(MHA)
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昼休み、中庭の片隅にあるベンチは私の特等席だった。
お弁当とお気に入りの小説片手に向かっては、一人優雅な読書タイムに勤しむ。それは一日の中で一番楽しみな時間。
木陰になっているお陰で快適な温度だし、何より校舎からの出入り口から離れているので人目につかない。
お昼休みもあと30分くらい…続きが読みたいけれどなんだか今日はとても眠たい…仕方がない、こんな日は思う存分惰眠を貪ろうではないかと思い直し、スマホのアラームを25分後に設定する。
ヒーロー科A組の可愛らしい女の子の名前のような麗かな陽気が睡魔を誘うのだから仕方がない。
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「ん…っ、」
ピピピピとアラーム音が聞こえてきて浮上する意識。あー…お尻が痛い、腰が痛い…肩が重い…?
「ひっ…!?!?」
存外小さな声を出した私は危機回避能力がなかなかに高いのかもしれない。叫ばなかった自分を誉めたい。叫んでいたらおそらく私の人生は10代にして終止符をうたれる所だった。
なぜか肩にはクリーム色のツンツンとした頭が乗っていた。モブ女の私ですら知っている有名人ーー爆豪勝己くんだ。
なぜ、どうして、なぜゆえに…疑問ばかりが浮かんでは消えていく。肩に頭が乗っていることはもうこの際どうでもいいけれど、いや、良くないけれどともかくどうやってこの場から立ち去ればいいのか考えを必死に巡らす。彼が噂通りの爆殺王ならば起こしてしまった瞬間に私は消し炭になるだろう。
もうすぐ予鈴が鳴ってしまう…予鈴で起きて立ち去ってくれれば私もなんとか授業には間に合うと思う。それにかけるしかない。授業よりも自分の命優先に決まっている。
「…ん、」
予鈴が鳴り、隣の彼が身動ぎする。思わず寝たふりをすると肩がスッと軽くなる。彼から聞こえる衣擦れの音のみが情報源になっているけれど、どうやら立ち上がったようで…あれ、なんか顔が近くにある気がする…なんだろう肉食獣が獲物を見定めるような視線が痛い。
「みょうじ名無しさん、な…」
日焼け対策に羽織っていたジャージが勝手に私の個人情報を漏らした。いや、ちょっと待ってください爆豪くん、どうして名前を知る必要があるの?私の気持ちも知らず彼はそのまま立ち去っていった。
本鈴が鳴る前に教室に向かって駆け足をしながらも頭の中は爆豪くんでいっぱいだった。もちろん恐怖という点で、だけれども。
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今日は平穏に過ごしたいと思いつついつものベンチに向かう。右よし、左よし、人影なし。
やはりあれはただの気まぐれと偶然の重なった産物なのだと分かり安心する。眠たくて仕方がない彼が座ったところにたまたま置物があった。それだけだ。私の癒しスポットを取られるのは悲しいし、かといって彼と共存できるビジョンは今のところ浮かばない。
「あー…ダメ…昨日眠れなかったから…」
大きなあくびをしてそのままお昼寝タイムに突入することにする。おやすみなさい。
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意識がふっと上がってきて目を開ける前に気づく違和感。頭になにやらゴツゴツした硬い枕のような…あとなんだか少しだけ甘い香り。これは昨日も嗅いだ気がする…暖かい日差しと甘い香りがなんだかとても気持ちよくってそのまま目を開けることなく意識は落ちていった。
目が覚めるとそこには私以外誰もいなくてやっぱりあれは夢だったのかなぁなんて考えながら周りを見渡すとツンツンとした後ろ頭がベンチから少し離れたところにあって校舎に向かっていくのが見えた。
ーーそういえば、ニトロって甘い香りがするんだっけ…?
あり得ない考えに至って首を振る。彼がここにくる理由などない。けれどもしかすると昨日のあれであの場所が気に入ったのかもしれない。明日は少しだけ様子を見てみよう。
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翌日もその翌日も雨だった。様子を見ることなんて出来ずにお昼休みは学食に行く。購入組よりも一足お先に席につけるため暖かそうな窓際の席を確保し、お弁当を広げて食べ始める頃には食堂内は大混雑だ。
「爆豪、久しぶりにキレてんな〜」
「っせ、黙れしょうゆ顔」
「おとといとその前の日はなんか機嫌良かったくせに…」
ふと聞こえた会話。テーブル一つ越えた向かい側にここ数日の私の頭の中の8割程度を占めている彼がいた。
バチリと交わる視線。爆豪くんは普段よりも目を大きくしてこちらを見やってガタリと大きな音をたてて突然立ち上がった。
「あ?爆豪どうしたん…っておい!」
椅子をガッと引いて、ドカリと座り込む。なんとも態度の悪い座り方である。
向かいに座った彼は遠慮なくこちらを睨んでいる…ような気がする。こちらに向かってきていた時点で驚いてしまって顔を上げることなんて出来ない。
「おい」
私に話しかけていませんように
「チッ、おいコラモブ女」
「………は、はい」
私だよモブ女…
「お前の個性教えろや」
なぜこんな時まで神様は意地悪なんだろうか。よりによって、個性を聞かれるだなんて
「あの18禁教師みてぇな個性持ってんだろ」
どうしてそんなこと聞くのだろうか。そんなすごい個性、持ってるわけないのに…
思わず黙りこんだ私に突き刺さる視線が痛くてうつ向かせたままややしばらく時が経つ。そろそろ彼が爆発するのではないかと不安になるけれど存外彼は気が長いのかもしれない。私が言葉を発するのをひたすら待っているのだろう。貧乏ゆすりが酷いけれど
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