ディアラヴァ

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ピピピピとけたたましく鳴るいつものアラーム音で目が覚める
酷く重たい瞼を開けようとしたのにふさがる視界。
どうやら後ろから手で目隠しをされているようだ
ぎゅうっとすがるように抱きしめられるといつもなら条件反射ですり寄ってしまうのに昨晩のことを思い出してしまい、少しだけ震える身体。
それに気づいたのか後ろのユーマさんは悲しげな声で私の名前を呼ぶ。

言い訳をするわけでもなく、一つ一つの噛み傷をなぞってはキスをしてごめん、愛してると同じ動作を繰り返す様子は壊れたおもちゃのようだった。

「もう、あんなことしねぇから…つっても信じてもらえねぇよな。ごめん、ごめん…」

自嘲気味に溢す呟きは小さくて、胸が締め付けられるように痛む。
この全身を襲う痛みさえなければまるで彼と迎える理想のような朝なのに、痛みとユーマさんのこの行動がまた、昨日の行為を思い出させる。

「お前が嫌がったら止められる自信があったのに、どうしても止まらなかった…悪ぃ…名無しさん、頼む、頼むから…」

嫌わないでくれ…聞こえるか聞こえないかくらいのボリュームで紡がれた懇願は私の耳にしっかりと届いた

まるで叱られた子犬のようにびくびくしながら私に触れては謝罪するユーマさんについ、ほだされそうになるけれど私はまだ動けない。

嫌いになれるわけがない。これは自信をもって言えるけど、嫌いになれないからこそ私は昨晩見たユーマさんと女の子の姿がまだ目に焼き付いて離れないままだ。

こうやって、優しい声であの子を呼んだの?優しく触れたの?抱き締めたの?

それこそ昨日は、許可もなく幾度も幾度も繰り返された吸血行為だったけれど最初こそは少し乱暴だったユーマさんも時間が経つにつれていつもと同じかそれ以上に優しくしてくれた。


****

「痛い、か…?んっ…ほら、俺の指噛んどけ。唇噛んで血ぃ出たじゃねえか…」

唇から出た血をぺろり、舐め取って頭を撫でられる。そのまま口のなかに入り込んできた舌は血の味がした。

「はっ…なぁ、名無しさん?このまま大人しく、してろよ…?そ、いい子だ…。段々気持ち良くなってきただろ?お前の血はどこでも甘ぇなぁ…んっ、んぅ…っ」

「んぅ、むっ…ふ、ぁ…っ!!」

「気持ち良いかぁ…?俺は、すっげぇ気持ちいいぜ。名無しさんのエロい顔…最高。声、もっと聞かせろよ。全部俺に見せろ。もっと、もっと気持ちいいことしてやるから、ほら、手ぇこっちに回せ。」

ごくごくと胸元から吸血する音が聞こえるけれど直視はできない。痛くて、体がどんどんしびれて行って初めての吸血は怖かったけど、合間合間に囁かれる言葉は甘くて甘くて胸焼けがしそうなくらいだった


**


私の心は彼についていくことを決めてはいたけれど、なかなか一歩を踏み出せずにいただけ…だから吸血行為自体に絶望しているわけではなくて、女の子のことだ。ユーマさんと私は今、そこで意見というか考えが行き違っている。

「…ぁ、やっ、いや…」

思い出したくないのに鮮明に思い出されるユーマさんと女の子の姿。それと同時にぞわり、寒気がする身体

「っ、なぁ名無しさんどうした…?昨日の夜からお前、なんか変だぜ?俺がなんか…した、けどよぉ、でもその前からお前…俺のせいならいくらでも謝るし、ずっとこうやって落ち着くまでいるから…だから頼む。泣かないでくれ…」


ぐいっと寝返りをうたされると彼のきれいな瞳に映るのは嫉妬の心に塗れた汚い私。こんな私見られたくないのに、涙をぬぐわれるとほっとしてしまう。
冷たいはずなのに暖かい指。
ふるふると首を振って嫌だと駄々をこねる私のことなんか無視して宥めるように瞼や頬に軽く口づけられる

「ひ、うっ…優しくしないで、ください」

例えばあの子に与えた優しさと同じものなら私はいらない。私にだけ与える感情を下さい。こんな強欲で嫉妬だらけで面倒な私、嫌われたって不思議じゃない

「ゆーまさん、酷いですっ。こ、こんなに好きにさせておいて…ど、して、昨日あんなっ」

「……昨日は、悪かった。お前に拒絶された瞬間、なんか頭のネジがぶっとんじまってよ…謝って許されるとは思ってねぇし、これでお前がヴァンパイアに少し近づいちまったのも否定できねぇ。ただ、俺はずっと…ずっとお前だけだ名無しさん。」

「っ、昨日の女の子にもユーマさんがこうやって優しく触れたんだって思うだけで、私、胸が切り裂かれたみたいに痛いんです。どうして、どうしてあんな…ひっ、く…ぅ」

女…?あんな…?きょとんとした顔を見せるユーマさんに私も涙でぐずぐずになりながら首をかしげてしまう。

「名無しさん…さっきから何言ってんだぁ?昨日の雌豚のことなら、あれはただの餌だぜ」

「………ゆーまさん、私のこともエサって言ってました。」

「んだよ…妬きもち、か?」

妬きもち、と言う単語を聞いて上昇する体温。私の反応を見てきょとんとした顔から一変してニヤリと意地悪な顔をどんどん近づけてくるユーマさん

「あー、お前ほんっとに可愛いなぁ…それで、どうしたら機嫌直してくれるんだ?名無しさんちゃんは。」

「うー…ち、ちゃかさないで下さいっ…っう、」

さっきまでは私の方が優勢だったかと思われた戦況が一気に変わってなんだか今度は攻められている気分だ。羞恥心やら悔しさやら嫉妬やらでまた溢れてくる涙は止められなくて頬に寄せられていた彼の唇を濡らす

「何回言ったら分かんだよ…お前は、俺のもんだ。俺はずっと、お前だけだ。な…?」

こつん、こつん、とゆっくりとしたリズムでおでこをぶつけて微笑むユーマさんはとても優しい表情だった。
結局私の勘違いというか早とちりだったようだけど、ユーマさんへの思いを再確認できた。私はもう、彼がいないとダメみたい…すっかり無神ユーマという甘くて暖かくて、強固な檻に閉じ込められているようだ。ぎゅうっと抱きしめられると安心するし、もっともっと好きになっていく思いは止まらない。どこまで好きになるというのだろうか…この思いに上限なんてないように思えてくるほど、ユーマさんが大好き。

ユーマさん、ユーマさん、ユーマさんって昨日呼べなかった分の名前を繰り返し呼ぶ。
なんだよ、ん?名無しさん…って彼も答えてくれる。

「昨日、痛かっただろ…?だから、今日は…」

胸焼けがするくらいあまぁく愛してやるからな…?

鼓膜を震わせるユーマさんの声はとても甘くって私の頭の中はもう彼一色。


**


私の隣でぶーっと頬を膨らませる愛しい人はどうやらご機嫌ななめなようだ。

「ご、ごめんなさい…ユーマさん」

「……ふん。そんなに仕事が大事かよ」

「あああ…でも、あの、違うんです。えっと私なりのけじめといいますか…うーごめんなさい…」

ぶすっと膨れているユーマさんは珍しく可愛らしいのでこのままご機嫌ななめな彼を眺めているのも楽しいかもしれないと思ってしまったけど、やはり彼には笑っていてほしいので必死に謝る私。
それをじとーっと横目で眺めるユーマさん。
これって普通、男女逆じゃないかなあ…


****


現在時刻は午後21時。先ほど仲直りしていたのは午前7時ころ。
あのあと突如鳴り響いたアラーム音にすべて奪われて我に返った私はせっせと会社に向かう準備を始めようとした。確かに吸血のせいで貧血だったりはしたけれどズル休みはよくない。

「は?ちょっと待てこら、名無しさん。」

にじにじと動こうとした私を逃がすまいと抱きしめる力を強めるユーマさんについ、負けそうになるけれどだめ。社会人として最低限のマナーだもの。

「ごめんなさいユーマさん…仕事、行かなきゃ…」

「あ?仕事より俺のほうがよっぽどお前を求めてんのによぉ…」

やだ。離してやんねえって言いながらどんどん締め付けてくる両腕にぐぇっと変な声が出てしまう。あ、しまった…

「っ、悪ぃ…苦しかったか?」

「だ、大丈夫ですよ…!!でも、ごめんなさい!!」

ふっと急に腕を緩めて私の安否を確認してくれる優しい彼の気持ちを、不可抗力とはいえ利用した形になってしまったのはとても心苦しいけれどこのチャンスを逃したら私は堕落人生まっしぐらだ…
サボりというのは不思議なもので、一度するとどんどんやってしまうと思う。その点、私は元々の性格が性格なので人よりも癖がついてしまいそうな気がして…うぅ…ごめんなさいユーマさん

そのまま腕の中からなんとか抜け出して準備を始めた私を見て諦め半分期待半分にユーマさんはサボろうと甘い誘いを投げかけてくるけれどなんとか乗り切って家を出る時にはもうかなりご立腹のご様子のユーマさんがいた。


****


帰るころには彼も一回寝て機嫌も少しは直っているだろうと思っていたのだけど会社を出た途端見えたのはガリガリガリガリとシュガーちゃんを食べている長身のイケメンさん。
むすっとしたままつかつかと歩み寄ってきたと思えば私の手を取り早足で歩きだしたユーマさん。

そしてずいぶんと早足で家についた途端ベッドに座らされて横から伸びてくるたくましい腕…今の状況が出来上がった。

これは心臓に悪い拗ね方(といったら子ども扱いみたいで怒られそうだけど…)だ。
じぃっと横から感じる視線。だけど彼の目に弱いことを知っている私は目を合わせることはできない。謝罪の言葉を出してもまだご機嫌は直らないようで…

「ごめんなさい、ユーマさん…あの、どうしたら許してくれますか?」

「あー…これは俺の可愛い可愛い名無しさんちゃんが俺のこと、だぁい好きだって言ってくれなきゃダメだな。」

待ってましたとばかりにニヤリと悪い顔をしたユーマさんはちゅっとキスをしてきて急にそんなことを言ってきた。
え、ちょ…ちょ…

「…む、むりですよぉ…私、今これだけで心臓が爆発しそうなんですよ…っ」

「やだ。今日は許さねえ。今すぐ言え…言ってくれ。お前の口からしっかり聞きたい。」

「うっ…うー…だいすきですよ…ユーマさん」

急にそんな真剣な顔、ずるい。これがすべて計算だったらユーマさんはなんて罪深いんだろうか

「俺も、愛してるぜ…名無しさんのこと、すっげえ愛してる。」

雨降って地固まるってこういうことなのかな。愛しい愛しいと思う気持ちごと抱きしめるかのようなユーマさんの腕の中はとても心地よかった。






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