ペダル

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暗くなった道のりを珍しくバイクを手で押しながら歩く。
日中は暑くてたまらないけど、夜の風はとても気持ちがいいな。なんて考えながら街灯でポツポツと照らされた道を進んでいくと聞こえた女性の小さな悲鳴

「……おめさん、どうしたんだ?」

とても可愛らしいキャッという声が聞こえた先には自分より年上と思われるスーツ姿の女性が尻餅をついて道端に座り込んでいた

「っ、な…んでもない、です。」

「いや、大丈夫じゃねえだろ…ほら、」

ほのかな街灯でもわかるくらいに顔を赤くした彼女はなんでだろうか、震えている。
差し出した手にビクつき、そして尻餅をついたまま後ろに下がる
少し慣れ慣れしすぎたか、と自分の行動を振り返るがこんな暗い夜道の道端で女性が一人座り込んでいるのを放っておくほど俺は鬼ではないのでどうしたものかとしばし考えて出た結論は

「新開隼人」

「……へ?」

「新開隼人、明早大学2年で自転車競技部に入部してる。」

訳が分からない様子でこちらをきょとんと見つめる姿はどことなくウサ吉に似ていて早く家に帰って飯やらなきゃならないことを思い出す。

「ほら、俺のこと見知らぬ相手から『大学生の新開隼人』になっただろ?」

だからとりあえず起き上がれば?ともう一度手を差し出すと次いで聞こえたごめんなさいの一言にやはり無理かと打開策をもう一度練ろうとしたら

「え、と…実はヒールが折れたみたいで…た、立ち上がれなかったんです…」

先ほどよりもさらに顔を赤くして心なしか涙まで浮かべている彼女。よく見ると捻挫しているようですでに足が少し腫れている。そんな状態の若い女性を「あ、そうですか」と置いていくわけにもいかず

「じゃあ、これに乗るといい。俺が手で押してくから。家近いの?」

愛車を指さしてひょいとお姉さんを持ち上げたときにまた小さな悲鳴と驚いた顔の彼女。あ、そんな顔もするのか

「え、ちょ…あの、大丈夫ですから、私のことは置いて行ってください…!」

いくら俺が手で支えているとはいえバランスがとりにくいのかロードにしがみつきながら懇願する表情も悪くないな、なんて思ってしまうあたり俺も人が悪い

「こんな暗い夜道で襲われたらどうすんだ?いいから、黙って乗っておきな」

住所を尋ねれば意外や意外、自分と同じマンションだったのでそのままロードを押しながら少しの距離を歩いていく
いや、自分で言わせておいてなんだけど警戒心はないのかこのお姉さんは

「あの…す、すみません。ありがとうございます新開さん。」

「別に大したことじゃないさ。でもおめさん、気を付けないと誘拐されちゃうから気をつけなよ。」

「いえ、あの…えっと…」

冗談交じり、半分以上は本気で忠告したらどもりながらまた顔を真っ赤にして何かを伝えようとする彼女に「ん?」と続きを促すと

「お隣の方だって、わかったので。朝起きて窓を開けるときよく見かけてたんです。」

「いや、おめさん…だからと言ってこんな若い男をいきなり信用するのもどうかと思うぜ?」

ついつい笑ってしまうのは彼女がまだ先ほどのことを恥ずかしがっているためなのか緊張なのか手で顔を隠しているからだ。小動物のようでとてもかわいらしく感じる

「そうですよね…ごめんなさい。でも
本当に助かりました…ありがとうございます。」

「待った。おめさん、名前は?」

「みょうじ名無しさんです。」

それじゃあと言って部屋に戻ろうとする彼女の手を思わず掴んで名前を問えばうつむきながら返ってきた返事と、次の瞬間顔を上げた彼女の

「新開さん、ありがとうございます」

笑顔にバキュンとされたのは内緒の話



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