黒バス

□流れるものの行先は
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朝、起きて身支度、制服を着る。
友達におはようとあいさつをしながら登校。教室に入ったら席に着くまでにクラスメイトにあいさつ。着席したら授業の始まり。
みんなには当たり前の日常すら私には憧れだった。


「みょうじさん、おはよう。今朝も遅刻なし、ね。偉い偉いっ」

優しく話しかけてくれるのは保健の先生。先生はとても優しいし、よくしてくれるけれど…彼女は私の求める、いわゆるクラスメイトではない。

幼いころから病気がちで、入院は滅多になかったもののすぐに風邪をひいたりだとか、具合が悪くなる私はなかなか学校に行って授業を受け続けることができなかった。
出席があまり影響ないように通信制の高校など色々と考えていたのだが、せめて制服だけは着たくって秀徳高校に入学したのだ。
それでもいつ具合が悪くなるのかがわからない私を心配した両親たっての勧めで保健室で自習をすることになった。

そんな私が、学校に通い続ける励みになっているもの・もとい、人がいるのだけど今日も会えるかな…?

「じゃあ、ちょっと会議に行ってくるから朝礼時間までのんびり待っててね」

「はい、分かりました。」

先生がいなくなり、ぽつりと残された室内。グラウンド側の窓を少しだけ開ける。朝の特有の若干冷たい風が気持ちいい。
野球、サッカー、様々な運動部が朝練をしている。みんなが活発に動いている声だとか、音だとか…いつも聞いているだけで楽しくなれると同時に羨ましくて少しだけ、寂しくなる。どうして私はみんなと一緒に動けないんだろう。
こんな欠陥だらけの身体が悔しくて、悔しくてしかたがない。

「おら、サボんな。轢くぞ」

いつもの悪い癖で少しだけふてっていたら聞こえた待ちわびていた声。

「宮地サン、サボってないっすよぉー。真ちゃんがまたラッキーアイテム落としそうになったから全力でからかってただけっす。」

「なっ!?からかう意味が分からないのだよっ!!!」

「おーし、ふざけてんなー。木村ぁ、軽トラ貸せ…てかなんだそれラッキーアイテム、今日はスーパーボールかよ」

彼の声が聞こえるだけで胸が高鳴って、なんだ私、結構元気じゃないかって思える。まぁ元から心臓が悪いとかそういうことはないのだけど。
初めて見たときは今のような物騒な物言いにすごくビックリしたものだ。でも毒舌のあとにチームメイトを見つめる彼の瞳があまりに楽しそうで…気がつくと目で追ってしまう自分。保健室の前を通る外周の時しか見ることができない。分かったことといえばバスケ部だと言うこと。あとは…先輩だってことと、名前はみやじさん…かな。

みやじ、さん。

名前はなんて言うのかな。性格、はきっとぶっきらぼうで、でも優しいんだろうな。二年生かな、三年生かな?彼女…いるよね…?

いやいやいや、何を考えているのだろうか私は…話したこともないのに烏滸(おこ)がましい。例えみやじ先輩に恋人がいたとしても私には関係のないことではないか、いなかったとしても特に接点のない私はこうやって彼を眺めることが精一杯な訳であって…

さすがにみんな走るのが早いので、すぐに遠ざかっていく声。もっとたくさん声が聞きたいなぁ…一度でいいから彼とお話してみたいなぁ…。
彼が好きなことに興味がある、その一心で先日購入したバスケットボールの雑誌を開いてみた。
……ま、まずはルールから学ぶべきだったのか。ポジションはなんとなく、分かるけど専門用語が多くてちんぷんかんぷんだ。

今日は帰りにルールブックを買って帰ってみようかな、それで彼の好きなものを私も知りたい。
なぁーんて考えてたらにやけてしまう口許を慌てて閉める。だめ、だめ、彼と私はあまりにも違いすぎる。
運動部で、先輩で、元気がよくって、きっと人気者。
彼はあまりにも眩しすぎた。私はその光に引き寄せられる大多数のうちの一人なわけで…近づけるわけもない





考えごとをしていたり、放課後に目的があると案外学校の時間なんて、あっという間で。今日は一心不乱にプリントに取り組んでいたら気付けば放課時間になっていた。

「はい、確認しました。みょうじさんっまた明日ね!!」

相変わらず人の良い笑顔をこちらに向けてくれる先生に返事をして会釈をしながら保健室を出る。幼いころからまた明日、という響きがとても好きだった。だって、それは次の約束だから。私はまたこの空間にくることができるのだなあと実感できる

込み合う昇降口がどうにも好きになれない私は帰宅部のみんなよりも少しだけ遅めに出ることにしている。今日もそうして校門までの短い道のりを歩いていると、聞こえた声

「あー…体育館ワックスがけで使えねーなんてついてねー」

「外で走るのも大切なのだよ、高尾。黙って走れ」

「おら、お前ら喋ってる余裕があるなら5週追加な」


急いで振り返った先には彼の人。
てっきり彼は今日もクラブ活動に勤しんでいると思っていたし、放課後に偶然彼を見ることが出来るだなんて今日はずいぶんとサービスのいい神様が担当なようだ。

高鳴る鼓動がバレることのないよう、振り返ってすぐにまた前を向く。顔が、全身が、熱い。声が聞ける、いつもよりも近い距離にいつもより少しだけ緊張する。五感すべてを使って彼のことを記憶していきたいというほどに、今、全神経が集中されている気がする。

そしてどうやらこちらに向かっているらしい声はどんどん近くなって…

「あーもー…木村、パイナップルでいいや早くくれ黒いやつ。もう駄目だ耐えきれねえ。」

…?パイナップル…?黒い…?
疑問ばかりが残る一言だけど、また彼の声が聞けた。いつもより近くで直接鼓膜に響く声がとても心地よくって嬉しかった。すぐに彼の姿も声もなくなってしまったけど…
普段は、ガラス越しの姿も今日は直接見ることもできたし、ともすれば触れられそうな距離で声が聞けて、姿を見れて彼が一気に現実になった。

…ってまた私は恐れ多いことを…ご、ごめんなさいみやじさん

でも今日は良い日だったなぁ〜…本屋さんで良い本、見つかるかなぁ〜なんて言っても初心者なのでどれが良い本かなんて分からないだろうけど本を読むのは好きだからいけるはずっ!!!

やる気だけはたくさんある。その気持ちを抱えたままに向かう先は駅前に新しくできた書店。専門的な本は二階に固まってある、というなんとも楽しそうな書店で一度行ってみたいと思っていた所だった。





書店に入ると時間を忘れてしまうのは、悪い癖だと思う。まず、目的の図書があるであろう二階に行くまでが…うん、とても長かった…。新刊図書で読みたい本をチェックした私が悪い。なんだかんだ、バスケの本のコーナーにたどり着くまで裕に一時間くらいは経っていただろう

コーナーについて、たくさんある本の中から読みやすそうなものを探していく。お目当ての本を探してどれが良いか吟味しようと思えばやっぱり中身を確認するのが一番な訳で。
店員さん、ごめんなさい。買う気持ちがたくさんある上の…これはつまり、立ち読みではないんです、決して。

そう、立ち読みではないのだけど吟味する、と言いつつ気になるページを見ると少しだけ止まる手。昼間は分からなかった用語を少しずつ自分の辞書にしまっていく。今日は帰ってからまたあの雑誌を読んだらまた違った気持ちになれるかも。
みやじ先輩はポジション、どこなんだろう…?背が高いから、センター?とかなのかもしれない

どうやらずいぶんと読みふけってしまっていたらしい。品揃えがよかったこのお店ではいつの間にかかなりの時間がたっていたようだ。それに気づくきっかけとなったのが…

「なに、バスケ興味あんの?」

彼だと言うから驚きです。

バスケ…というかあなたに、です。
と出てくる言葉は混乱する頭の中で留めるだけで済んで、本当に良かった。(彼にとっては)初対面な訳で、いきなりそんなこと言われたらとても気味が悪いだろうと言うことは簡単に想像がつく。
でも、ただただ赤くなっているであろう、急上昇する体温の影響を一身に受けた顔でずっと無言のままでいるなんて、それもまたただの変な人になっているのではないだろうか…?

「あー…と、悪ぃ。うちの高校の…一年、だよな?べ、別にあれだ。ナンパとかじゃないからな…?」

私がなにも言わないのを怖がっていると判断したらしい彼、みやじ先輩は幾分かゆっくりと、そして長身を屈めて話してくれた。子供を相手にするみたいに。
高校一年生にもなってこんな対応…だとか考えることもなく、とにかく今は憧れの彼がこちらを見て、私に話しかけていると言う夢のような現実が信じられない。

「は…?ちょっと、待ってくれ…俺、なんかしたか!?」

「え…っ?」


全てあなたが原因だなんて


あー…待て待て、まるで俺が泣かせてるみたいじゃねーか…って、俺のせいじゃねーよな、マジで…

ぅ、あ…ご、ごめんなさ…ぃ…ちがっうんです。あの、えっと…

だーかーらー!!なんでさらに泣くかなぁ…わり、これしかないけど使ってねーからとりあえず顔隠してくれると、その、ありがたいっつーか…

ゎっぷ…ありが…と、ございます。ごめんなさい…


タオルからは今日すれ違った時に感じた彼の香りがして、さらに涙が出てしまったのは言うまでもない。




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