たからものささげもの他

□ケーキよりも甘いひと時を
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「おーいみょうじっ!!!ちょっとこっち手伝ってくれ」

「はい。ちょっと待って下さい…うん、これで良いですよ。突き指は癖になるといけないから気を付けてくださいね、高尾くん」

「おー…さすが名無しさんさん手際が良い!!ありがとうございまっす」

ミニゲームで少し指を痛めた高尾くんを呼び止めてテーピング。そのあと向かうは宮地先輩の所。さて、彼はどんな用事だろうか…
秀徳高校バスケットボール部は都内王者と呼ばれるだけありマネージャーにかかる負担も大きい。始めのうちは○○くんが〜とか浮わついたことを言っていた人たちはすぐに脱落していった。
数十人にものぼっていたマネージャーも今では私を含めた数人。部員の人数も減ってしまったものの、雑務など全てやるマネージャー業はいくら人手があっても足りないもので、とにかく走る回る日々だ。

「宮地先輩、どうしました?」

「わり、ちょっとドリンク作ってくんねぇ?やっぱみょうじのが一番飲みやすいんだわ」

それはなんともマネージャー冥利に尽きる言葉であった。ので、お礼を言ってすぐに作ってくる旨を伝えると、なんでお前が喜ぶんだよ…と彼に突っ込まれたが嬉しいものは仕方がない。

今からダッシュをやって練習は終わりだと大坪さんが言っていたので急いで作れば終わった頃みんなに出せるだろう。

「名無しさん…先輩」

私は動きが遅い。テキパキ動いているように見えるのは一応頭の中で動きを考えてから行動しているお陰であって、元来スポーツは苦手だ。しっかりと動かなきゃ、みんなに迷惑をかけてしまう。それだけは避けたい。

でも、彼に話しかけられて邪険にできるわけもない

「どうしたんですか、緑間くん?」

話しかけられた嬉しさで頬が緩むのが自分で分かる。今日も彼は見目麗しいという言葉がぴったりだ。
世間一般で言うカッコいいという部類に含まれる、というのはもちろんのことだが、私としてはとても可愛らしい人だとも思う。

190センチを越える大きな彼がはにかみながら自分の名前を呼んでくれたときの破壊力たるものは…おわかりいただけるだろうか。

「今日は部活後にワックスがけだから体育館が使えないそうなのだよ。だから帰りにどこか寄れたら、と…」

彼がこうも積極的に誘ってくれることは珍しい。もう一度言おう、とても珍しい。いつも彼(と彼の相棒)の自主練を体育館で眺めて、その後は一緒に下校。というパターンが多いのだけど、例え時間が余ったとしても私が疲れているだろうと言って真っ直ぐ家まで送ってくれる。

キセキの世代と言っても才能にかまけて練習に手を抜くことなどなく、ストイックに練習を積み重ねる。ワガママは一日3回までなどと言う彼のためだけに作られた特別ルールだって使い道は意外と常識の範囲内だ。

なんというか、おは朝信者だったり少し分かりづらい部分もあるお陰でなかなか周りにはわかってもらえないのがとても悔しいほどに彼は素敵な人だと思う。私はこんなに不器用で温かい優しい人を見たことがない。

「そっか、ワックスがけすっかり忘れてたー…うーん、どこがいいかなぁ?」

「それなら、近くに新しく美味しいケーキ屋が出来たらしいのだよ。名無しさん先輩はケーキ好きだったろう?そこはどうだろうか」

緑間くんとケーキ屋さん…ケーキ屋さんと緑間くん…なんとも不思議な組み合わせだが私にとっては大好物が二つ並んでいる状態。つまりは鴨が葱をしょって…棚からぼたもち的な展開だ。何をいっているのかわからないことは自覚済みだ。

「ケーキ屋さん!知らなかったー…。でも緑間くん、どうしてそれを?」

「クラスの女子が話していたのだよ」

クラスの、女子。むー…緑間くんのお誘いは本当に嬉しいけど複雑である。一気に気分が降下するのを感じる程度に私は彼が大好き、で。こんなに嫉妬深い自分がいたことに恥ずかしさすら覚える。女子、かぁ…

「そんな顔しなくても、別に話しかけられたわけではないのだよ。聞こえてきただけなのだから…」

名無しさん先輩が好きそうだったから気になったのだよ、ふっと微笑みながら頭を撫でてくる彼はとてもずるいと思う。

「そ、そんなに顔に出てた…?」

「あぁ、相変わらず分かりやすいのだよ」

さっきの優しい笑みとは一転して今度は少し意地悪な顔でくつくつと笑っている緑間くんについつい見とれてしまう。相も変わらず綺麗な顔です。

「私の方が年上、なのになんだか悔しいなぁ…。子供っぽくてごめんね、緑間くん…」

「名無しさん先輩はそのままでいいのだよ。いきなりきびきびとされても困る」

まぁ確かにそうだ。と、きびきびしている自分を想像すると笑ってしまう。

「緑間っ遅れんな!!!刺すぞ!!!」

「あ、ごめんなさいっ!!!ついつい長話しちゃった…休憩とれた?」

「大丈夫なのだよ。行ってくる」

優しい笑みをそっと落として彼は走ってみんなの元へ行った。





「緑間くん、遅いなー…」

ポツリ独り言を零す理由は待ち人が現れないため
最初のうちは、少しでも一緒にいられるだけでとても嬉しかった。それは今でももちろんそうだけど人と言うものはどんどん貪欲になっていく生き物で、できれば長い時間、もっともっと…と思ってしまう。

「ん?みょうじ。緑間待ちか?」

よ、という声とともに現れた宮地先輩。肯定の意を伝えるためにこくん、とうなづくと彼は舌打ちをしながらあいつ、やっぱりいつか轢く。だなんて物騒なことを言ってのける

「宮地先輩、ほ、本当に轢かないで下さいね…?」

信じてる、信じてるのだけど…軽トラックとまではいかないものの、ただでさえうちの学校にはチャリアカーというちょっと特殊な自転車よりも殺傷能力が高そうな乗り物があるので少し困る。まあそれは待ち人の乗り物なんだけど…
宮地さんならそのくらいやってしまいそうなしまわないような…とにかく絶妙な立ち位置なのだ。それを差し引いても、ちょっと毒舌なとても頼れる良い先輩なことには変わりないが…

「いや、いつか轢いちゃいそうだよな、実際。まあ俺だってあいつの能力認めてない訳じゃねーけどよ。ただ、いちいち俺の勘にさわるんだよ」

「でも、とっても努力家ですよね緑間くん。才能にかまけることなく、いつも真摯に向かっていく姿を見て私も頑張ろうっていつの間にか思っちゃうんです。」

「ははっ、お前緑間のこと好きすぎんだろ。だらしない顔しやがって…」

そう、緑間くんのことを話す私はよほど気が抜けた顔をしていたのだろう。先輩に笑われてしまった…は、恥ずかしい…。

「す、みません。彼の話になると、つい…」

「べっつにー今に始まったことじゃねーし?あいつ不器用だからどうなることかと思ったら…大事にされてるみたいだし、良かったな。ま、お前のこともし緑間が泣かせることがあったら俺が黙ってねーけど。俺だけじゃなくてバスケ部全員な」

がしがしと乱暴に見えるように、だけど手の力は優しく、宮地先輩が私の頭をなでる。まるでペットみたいだ

「…名無しさん」

そろそろ文句言おうかと思ってた矢先の出来事。いきなり体が後ろの方に傾いて、次いで目が塞がれた。というか、顔が大きな手によって塞がれた。
声も、匂いも、ぬくもりも全て愛しい彼のものだ。

「宮地先輩、何してたんですか。あまり、触らないで欲しいのだよ」

一つ一つ言葉を区切って言う彼はそれで怒りを抑えているかのようだった

「へぇー、お前でも嫉妬するんだな。でも別に触るくらい良くねえ…?みょうじは緑間の"もの"じゃねーし」

ぎゅっと私の顔を握る手に力が入りかけて肩がビクついた。それを感じ取ったのか、彼の手の力が強まることはなかったけど…なんというかこの体制はどうしたものか…






「"もの"ではないが、俺の、"大切な人"です。他の男に触れられて良い気分になるわけがないのだよ。」

「ふーん…ま、今日はいいわ。お前が嫌がることはしたいけどさすがにみょうじの嫌がることはしたくないしな。」

じゃあな、なんて宮地先輩の声が遠ざかっていく。と同時にぎゅううっと回りこんでくる彼の人の両腕。後ろからだったため、彼の表情はうかがえない

「…緑間くん?」

「…よ…。…や、なのだよ。俺から離れないでくれ、」

小さく落とされた声。最初は少し聞きとりづらかったが、締め付けの力が強まっていくにつれて声も聞きとりやすくなっていった。

「大丈夫。離れないよ、私はここにいる」

回された手を片手でぎゅっと握って、肩に乗せられた頭を開いてるほうの手で撫でる。サラサラとした髪の毛の間を梳くようにして指を通せば、練習後だったのでシャワーを浴びてきたのかいつものシャンプーの香りがした。
長身の彼の頭をなでる機会なんてそうそうないのでここは堪能させてもらう。

「知ってるのだよ、名無しさんはマネージャーだから、みんなの世話をやかねばならないことも。だが、やはり…」

こんな時だけだ、彼が私に甘えてくれるのは。その瞬間をとても嬉しく思うし、彼のことが愛おしくてたまらなくなる。私が彼から、離れることなどあり得ないのにまるで小さな子供のようにすがりついてくる。
今まで人に執着することがなかったという彼が、初めて執着してくれる人物が私であるということをとても嬉しく思う。

ややしばらく後ろから抱きしめられていると急に体が反転して後ろには壁の感触。私の肩を掴む彼の両手は少し、力が強い。そして震えていた。彼は恐れているのだ、私が離れることを、そして私を失うことを。自意識過剰かもしれないけど、何度も本人から聞いてる言葉なので信じていいと思う。
強いけれど、少しだけ…まだ少しだけ不安定な彼をぎゅっと自分から抱きしめた

「大好きだよ緑間くん。これからもずっと、ずぅっと私と一緒にいて下さい。」

そして、誓いの言葉を告げる

―あ、ケーキ屋さん…

今からでも充分間に合うのだよ、遅れてすまなかった…

ううん。緑間くんと一緒ならどこでもいいから、ね?

っ、そんなこと言っているとこのまま部室に連行してしまいそうになるから、ダメなのだよ、名無しさん…

っは、じゃ、じゃあ行こうか!!ケーキ屋さんへっ

そこまで拒否されるとますますしたくなるものだな…

わ、と…緑間くん落ち着い、

無理なお願いだな


さっきまでの彼はどこにやら。どうやら私は変なスイッチを押してしまったようです




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