たからものささげもの他

□これはやきもちです
1ページ/2ページ

放課後になると、いつも向かう場所がある。早く行きすぎると目立ってしまうし、少しだけ教室で待機してから向かう先は体育館
運動なんて苦手で、むしろ嫌いな方。だけど彼がバスケをしている姿を見るのは大好き。

氷室さん、福井さん、劉さん、そして紫原くん(岡村キャプテンだって男らしくてかっこいいとは思うけど、やっぱりファンは少ないみたい)全員に黄色い歓声が上がる中大声を出すなんて勇気はなくていつも隅の方でじっと見つめるだけ。
何が楽しいのと聞かれても自分でも不思議なくらいこの立ち位置に満足している。

こんな風に体育館にくることになったのは数ヶ月前からの習慣で、奇跡的に彼と同じクラスになれたことから全ては始まった。
初めての教室。緊張しながらドアをくぐるとまず最初にきれいな紫が目にはいった。黒板を見ると私の席は窓際一番後ろの席で、紫の彼のとなり。
座っていてもわかるほどに大きな彼は気だるそうな表情で少しだけ威圧感があったけれど、隣に座るとすぐにお隣さん、よろしくね〜だなんてへらりと手を上げてくれた。
たったそれだけ、されどそれだけで私は恋に落ちてしまった。未だに忘れられないあの笑顔。

会話らしい会話なんてしたことはないし、隣の彼は寝てるかぼーっとしているかお菓子を食べているかのどれかばかり。
そんな彼が放課後になると先輩たちに引きづられてどこに向かうのか、とても気になっていた。
こっそりあとをつけることなんてできなくて、彼が出ていってしばらくたってから誰もいなくなった教室をそっとあとにした。エナメルバックを持っているのだからおそらく運動部なのだろうとあたりをつけて探し回る。グラウンドにはいない。体育館にはいない。最終手段の柔道の道場にもいない。
どこに行ったのかわからないままウロウロしていると「あれ?みょうじさんだ〜」と間延びした声が聞こえた。

「あ、むっ紫原くん…!」

「なにビックリしてんの〜?変なのー。」

体育館の出入り口で涼みながらお菓子を食べる彼は汗だくで、正直お菓子ではなく水分を補給してほしいところではあるけれど、まぁ突っ込むことはしないでおく。

「紫原くん、バスケ部なんだね」

「ん〜まぁね。…あ、まいう棒なくなっちゃったし…ねーみょうじさんなんか持ってない?」

「ん…?あっ、チロルチョコなら…ごめんこんな小さいのしかないけど…」

「ありがとー。んま〜い」

顔を緩ませて小さなチョコを食べる姿はとても可愛らしくて、彼にそんな表情をさせるチロルチョコが羨ましく…って何をいっているんだろうか私は

「あーもう練習戻んなきゃだーまたね、みょうじさん。」

荒木先生の怒鳴り声が聞こえる。それにも動じずにゆったりと歩く彼はかなりの大物に見えた。

そんなこんなで紫原くんがバスケ部だとわかってからは時間の許す限り練習を見学しに行っている。彼はバスケが好きではないと言っている姿を何度も見かけているけれど、あまり難しいことはわからない私は紫原くんの豪快なプレーがとても好きだった。

「あ、ダンクシュート…っ、」

シュートを決めてリングから降りた瞬間の紫原くんとちらりと目があった気がしたけれどこれはきっとコンサートとかでよくある現象…自惚れるな私

「…雅子ちん、ゴム貸して?」

「あ、ああ…珍しいな紫原、ほら。」

「ん〜たまにはねー。」

ミニゲームをやっているらしく、激しい攻防が続くなか不意に荒木先生の元へ行ってヘアゴムを借りる紫原くん。ちょっと、距離近くないかな?そんなに近づく必要あるかな?あの二人に限ってなにもないことなんて誰の目から見ても明らかだけれど、わかってるけど…

「あっ…」

せ、背中をドンてした…ずるい荒木先生。私だって、彼に話しかけたい、触れたい。なんてこという権利もする権利もないけど、思うだけは自由だ。いっそのこと、荒木先生になりたいくらい。紫原くんの視界の端に入ってるだけで満足していたはずの自分がいつの間にか欲張りになってしまっていることがわかり顔が熱くなる。身の程を思い知るべきだ。
ちなみにそのあと髪を束ねた紫原くんがかっこよすぎて困った。普段は長い髪で隠れぎみな切れ長の瞳だとか、当たり前だけど太めの首だとかそこから鎖骨にかけてのラインどれをとってもかっこよすぎてうっかり叫びそうになる。

ゲーム終盤、氷室先輩からのきれいなパスが通って紫原くんがシュートを決めた。珍しく満足げで楽しそうな表情を見せるのはそれほどまでに良いパスだったのか、そこは彼のみぞ知るはなし。

休憩に入ると同時に私は帰り支度をする。あまり帰りが遅くなるのも親を心配させてしまうので私の見学はここまで。今日はいつもより楽しそうな紫原くんが貴重で、ついいつもより長く、休憩の時間まで見てしまった。
たまには最後まで見てみたいなぁなんて思いながらため息をついてちらりと彼を見てみると相も変わらず紫原くんはずっとお菓子を食べている。本当にずっとお菓子を食べている。これでもかというくらい。

「ねえ、みょうじさん帰んの〜?」

あまりに見つめすぎたのだろうか、不意に紫原くんと目があって、心臓がトクン(どころじゃなかったかもしれない)と高鳴る。今日は嬉しいことづくめだ。紫原くんと二度(一度目は勘違いだとは思ってるけど)目があうだなんて明日私の上だけに雨雲がくるかもしれない…
私が喜んでいることを知ってか知らずか、彼はそのまま凭れていた壁から立ち上がってこちらに向かってきて、話しかけてきた。どうして私が帰るかどうかを気にするのだろうか

「えっ、あ…帰る…ます。」

どしたの?変なけーご使って、笑いながらまだ近づいてくる彼にそろそろ私の心臓は限界を迎えそう。目の前に来た長身を必死に見上げるとなんだか少しだけ不満げな表情で

「…帰り送るし、まだいればいーじゃん。」

「え!?な、なんで…!?」

「なんでもなんもないし。今日は最後までいてよねー。」

今日は、という言葉の意味に気づくこともできないほどに動揺していた私だけど、とりあえず親に遅くなる旨の連絡だけはできたことを誰か褒めてほしい。



**
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ