たからものささげもの他
□好きって言って
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週に何度か、紫原くんに会いに体育館に向かう。練習中に気が散ったら嫌なので休憩時間を目掛けて差し入れを持って行くのだけれど…
「あ、名無しさんち〜ん。」
タオルで汗を拭いながら歩いてくる彼を何度見ても慣れることはない。少しだけ息が上がった様子でいつもの眠たそうな瞳が変わることはないけれどなんだか普段は言動ゆえに可愛らしく感じられている彼が急に男の子に見えてしまうこの瞬間が私は大好きだけれど少しだけ苦手。
頬が熱くなってその熱気を逃がすようにパタパタと手のひらで扇ぐと、暑いの?なんて言いながら彼もまた自身の大きな掌でそよそよと私の顔を扇いでくれる。必然的に前かがみになるからお顔がとても近い。これは一生涼めそうにないなあとあきらめることにする。
「紫原くん、お疲れ様。」
「名無しさんちん〜」
「わっ、ちょ…だ、抱き上げるの禁止…!」
「どうしてー?」
「どうしても〜…」
そのまんまキスでもしてきそうなくらい近い顔を手でガードして、訴えても降ろしてはくれない。少しだけ落ち込んだ顔をして覗き込んでくるのも私がその顔に弱いことを知っているからに違いない。今日も手強いね紫原くん…
どうしたって彼のスキンシップに慣れることはない。毎秒、ドキドキしてしまうんだもの。
「アツシ、みょうじさんが困ってるみたいだよ?」
ふふっと女の私でも見とれてしまうほどきれいな笑みをこぼしながら仲裁してくれるのは氷室くん。神は不公平にも運動神経、長身、ルックス、性格のよさ、声のよさまで彼に与えたというあれで噂の彼で、同じ学年ながらも雲の上の存在のような人だ。紫原くんも似たようなものだけれど。
「室ちんに関係ないじゃん。ねー名無しさんちん。」
「えっ!?あ…ひ、人前では恥ずかしいから止めて欲しいかな…?」
「…嫌だし。」
「そんな意地悪言わないで…」
「ほら、アツシ。練習に戻ろうか」
監督がそろそろ危ないって苦笑いをして紫原くんを説得する氷室くんとまだ休憩するって駄々をこねる紫原くん。そんな二人の姿はなんだか兄弟を見ているようで微笑ましく思える。
「ふふっ、二人とも仲がいいね。」
「別に、仲良くないしー。」
ぶーっとふてくされる頬をつつきたい衝動に駆られたけれど我慢我慢。
「名無しさんちーん、帰り送るから待ってて」
「え、いいよまだ明るいし大丈夫だよ?」
「だめー図書室か教室で待ってて〜帰ったら怒るかんね?」
「ん…了解です。」
こうなった紫原くんには勝てる気もしないし、私も一緒に帰りたいことは事実。大人しく教室で待機することにする。一緒に帰れるのは久しぶりかなあ。なんだかんだで練習量が多いバスケット部は帰れる時間がなかなかに遅い時間になるから待たせるのも悪いしと紫原くんが悲しい顔で言ってたのを思い出してにやけてしまう。
ワガママだとか色々言われている彼だけれど実は優しい。そのことは限られた人間しか知らないだろうし、それは私の中ではちょっとした優越感に浸れる瞬間でもある。優越感に浸っていないと雲の上の人のような彼と付き合うことはできないから、ネガティブに押しつぶされることがないように定期的に摂取するようにしている言わば栄養剤のような…うーんたとえが悪い気がしてきたけれど、とにかく紫原くんは可愛くてかっこよくてその上優しいということで。
「あ…終わる時間何時か聞くの忘れちゃったなあ…」
誰もいない教室の中、自分の机に座って読みかけの小説を開く。春先から夏にかけてのちょうどいい季節の風が気持ちいい。
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