アルカナ

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「お姉さん、観光?」

船を降りると可愛らしい金髪の男の子が話しかけてきた。これは空港で言う検問と似たようなものなのだろうか。ずいぶんと若い職員がいたものだ。
ここに来た理由というと目の前の男の子が言う観光目的なのだけど…あいにくここレガーロ島で使われている言語よりもまだましに会話できるのが英語だったのでイエスとだけ答えておく。

「そっか!レガーロ島はいい所たっくさんあるから楽しんできてな!」

英語で返した私を見て彼も英語に切り替えてくれた。万国共通語って楽だな…そして親切だなぁ…。ありがとう、と短い返事を返して彼の方を再度見やると太陽のような笑顔をサービスしてくれた。



***


道中、見るものすべてが新鮮で楽しくてたまらない。色とりどりの魚たち、見たこともないフルーツ、そして日本ではあまり見ることのできないと言えばすれ違う人々の人種の多様性だと思う。
赤・青・金…綺麗な色がたくさん。髪の色・瞳の色がみんな違っていて、目を楽しませる。耳を澄ましてみればレガーロの共通語であろうスペイン語、その他にも(多分)ドイツ語、英語、フランス語…人によって話す言葉さえ違うこともあるから驚きだ。

「可愛らしいお嬢さん、お一つどうだい?」

市場のお姉さんがにこやかに話しかけてくる。宝石のように輝いた綺麗なフルーツを見せられれば気づけば一つ購入していた…海外テンション恐ろしい…

「ありがとね!お嬢さんにレガーロの加護がありますように」

綺麗な微笑みを向けてくれたお姉さんに一言お礼を言い、まずは目的地であるホテルを目指す。少しだけ長期滞在予定の荷物は持ち歩くには重すぎる

「んーと、地図を見ればこの近くのはずなんだけど…」

どうしてだろうか何だかちょっとだけ路地裏っぽい道に出てしまった。先ほどまでの喧騒とはうってかわって何かが静かに動いているような小さな音しか聞こえない。
いくら平和そうな雰囲気とはいえここは海外。出かける前に友人にも名無しさんは少し抜けている所があるのだから国内でも心配なのに海外だなんて…くれぐれも気を抜かないこと!なんて散々忠告されたのに、この状況だ。
道を聞こうにも人通りはなくて、元来た道を戻ろうと振り返ると見覚えのない道。これは完全に迷子だ。心なしか寒気もしてきて完全に気分は急降下。幸先のいい旅かと思いきやまさかの失態だ…
右を見ても左を見ても前後確認しても建物に挟まれ閉鎖された空間。上を見上げてみれば先ほどまで照らしてくれていた太陽は少しだけ傾いてしまったみたいでここまで光が届くことがあまりない。

「あー…折角の旅行日和だったのにぃ…」

もういい大人なのに油断するとポロリと零れてきそうな涙。ため息もオプションでついてきそう…知り合いがいない異国の地、道に迷うという小さなハプニングでも心細くてしょうがない。

「可愛らしいシニョリーナ、折角の可愛い顔が台無しになっちまうゼ?」

やっと聞こえた他者の声はどうやらナンパしている最中の様でおおよそ自分には無縁だし、なるべくそういった方々にはかかわり合いたくはない。しかも今自分はまさに号泣寸前状態で人に見せられるような顔をしていないのだからひとまず大人しく彼らが移動するのを待つことにする。
しばらくの沈黙―外国なんだし、シニョリーナなんて呼び方は普通なんだろうと思っていたらあんまり一般的ではないのかな?相手のシニョリーナが黙ってしまっているではないか。それはそれでせっかく恥ずかしげもなく(ないように感じただけかもしれないけれど)歯の浮くようなセリフを言った彼があまりにも浮かばれないじゃないかシニョリーナ…

「っひゃ、」

「道にでも迷ったのかいツレないシニョリーナ?」

「わ、わたしのこと…!?」

肩をトントンと指で叩かれて問われれば思わず出てきたのは日本語。やっぱりこういう咄嗟の時には母国語が出てしまうんだなぁと少しの感動を覚える。と、同時に日本語が通じるわけがないと思い必死にイタリア語でなにか言おうしても何と言えばいいのか分からない
後ろを振り返ると綺麗なシルバーの髪を後ろに流した男性。琥珀色の瞳は左側が眼帯で覆われている。有り体に言えばカッコいい部類に入るだろう。

「シニョリーナはジャポネーゼか。ほら、これで分かるだろ?」

何も言えない私を見て、言葉がわからないのかと思ったのか日本語で再度道に迷ったのかと問いかけてくれる彼はニヒルな笑い方だけど、どこか優しげな表情を見せてくれた。思っていた以上に近い距離で響く少し掠れたテノールが心地よい。
そして私はというと不安になっていたところに久しぶり(実際は多分一日も経っていないのだけど)に聞く日本語に心底安心してまた何も言えずにいた。

「ん…?発音がおかしかったかァ?」

なかなか使う機会がないもんだから悪ィなって言葉を彼が言い終える頃には零れ落ちてくる涙を拭うのに必死で聞くこともできなかった。
ほっとして泣いてしまうだなんて本当にいい大人が何してるんだか、目の前の彼だって困ってるってわかってるのに止まらない涙。弱い自分に悲しくなってくる。

滲む景色に溶け込むシルバーと琥珀はとても綺麗だった。



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