アルカナ

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やっとホテルにたどり着き(結局は案内してもらっただけだけど)ホテルマンに部屋に案内してもらう。やはり外国、というか愛の国と言われるイタリアにほど近い文化を持つここレガーロ島はホテルマンですらすごかった…部屋までの道のりで観光かい?いいお店知ってるんだけど一緒にどう?だなんて人生初のモテ期でも来てるんじゃないかと一瞬錯覚してしまいそうだった。危ない危ない。

部屋についてベッドにダイブする。なんだかとても疲れた。シャワー浴びたいなとか色々と考えてはいるのだけどいかんせん体が全く言うことを聞かない。
寝そべりながら、先程まで隣にいたデビトさんを思い出す。長身で手足が長くモデルのような佇まい。右目にある眼帯がアブノーマルな雰囲気を醸し出していて、決して爽やかではないけれどああいうタイプは女性から数多の声がかかるだろう。恐らく彼は声がかかるのを待つタイプではなく、自分からあんな風に口説き落としていく人だろうけど。

恩人さんにお礼をしたいと思っただけだったのだけど、結局はランチにいくという(しかも彼はあくまでも奢られるつもりは毛頭ないみたいだ)なんとも言えない状況。海外生活一日目にして怒濤の展開の連続で戸惑うばかりだ。

「でも、こういうの楽しいな…」

周りに比べるとあまり積極的とは言えない性格の私だけれど、やっぱり冒険心は人並みには持っているし何よりもこういう刺激を求めて海外の長期滞在を決めたのだから。
とはいえ火傷するのは怖いのでまぁ、デビトさんを初めとする男性には深入りしないようにしなければならない。
あんなに良物件が空き家な訳がない。あり得ない。
とりあえず初日だし、慣れない土地で疲れは溜まっているようなので今日は早めに寝てもいいかな



***



髪型よし、服装よし、顔は…まぁ、メイクしてるしこれは仕方がない。昨日早く寝すぎたせいかとても早起きしてしまったので無駄に準備万端だ。鏡を何度も見て意を決する。いざ、ホテルのロビーへ…!

「なんてかっこつけたは良いけど、ただのランチなのよね。」

諸事情があるとはいえあんなに素敵な(ちょっと変わってるけど)男性とランチだなんて初めての経験だからなんだか緊張してしまうのは仕方のないことだと思う。どうして私は昨日あんなに積極的だったのか…
お礼をするならばお名前を尋ねて後ほど何かを送るとかでもよかったのに…と本当に今さらながらに気づいたし、名前は分かってる上に昨日デビトさんに送って頂いたときに、ホテルの案内の女性にあのデビトさんに送ってもらえるなんて羨ましいどこで知り合ったんだと詰め寄られたものだ。
彼はこの島ではかなりの有名人で、アルカナファミリアとかいう団体のお偉いさんとのこと。あんな若い方が島のお偉いさんだなんてますます謎は深まっていくばかり。

ロビーに向かうと遠目から見てもすぐに彼がいるとわかった。スーツ姿にオールバックの銀髪。昨日と同様に眼帯もつけているし何よりスタイル抜群でまつげもバサーッとしたブロンドの素敵なレディ達が集まっている。

「あ、無理…」

レガーロ島の神様、私はあそこにカットインする度胸は持ち合わせていません。どうか今すぐ彼の記憶から私を削除してやってください…お食事の話はなかったことに…
もたもたしていると待ち合わせ時間になってしまうのは百も承知だけど、無理なものは無理だ。彼もきっとこんなちんちくりんの女よりもあの美人さんたちとお話しする方が楽しいに決まってる。
私は何も見ていない、と思うことにして回れ右。約束破ってすみませんデビトさん。こんなやつの事は忘れてどうか楽しんでください。
少しだけみじめに感じて思わず眉尻が下がるけれどこんなこと思っても仕方のない事なので今日は当初の予定通りのんびりホテル近隣を散策しよう。
さほど広くないエントランスをそっと抜けて入口ドアを開けようとした右手にふわり重なるグローブを付けた大きな手

「俺を置いて出て行っちまうとは随分薄情なピコリーナだなァ…?こりゃあエスコートのしがいがありそうだ。」

ぎゅうと上から重ねられた手に力が入るのが分かる。けして痛いわけではないけど、逃げられそうにもない力加減に多少なりとも彼が怒っているのは感じられる。

「そもそも俺は気が長い方じゃないんだゼ?可愛い可愛いシニョリーナァ。ランチが嫌だってんならこのままシニョリーナの部屋で甘ァい時間を過ごすってのはどうだ…?」

「ひゃっ、」

耳元に響くのは心臓に悪いテノール。重ねられた手が熱い。ドアノブと手のひらの間にじわり汗がにじむのを感じるし、いつの間にか腰に腕が回っていてどうやら逃げる余地がなさそうだ。こんな捕まえられ方をしたら誰だって逃げられないに決まってる。

「言い訳、出来るわけないよなァ?」

こっそり彼を覗き見ると交わる視線。ニヤリと悪い笑顔を向けられた私には降伏の道しか残されていない。

「デビトさん、ごめんなさい…えっと、私なんかより綺麗なたくさんのお嬢様たちが貴方の事を待ちわびているようですので、私は一人で観光に行こうかと…あの、お礼は後日、お届けに上がらせていただきますので…本当に此方からお願いしたことですのに申し訳ありませんが、なんといえばいいか…」

「そいつぁ無理な相談だなピコリーナ。あいにくだが可愛いシニョリーナ達には次回って事で話を通してたとこサ。なァ、気づいてるか?今俺は結構機嫌が悪いんだゼ?」

降伏、と言ってもやはり心臓に悪いことはできないので今回のお食事の件はなかったことにしていただけないだろうか、と思い提案してみても彼は意に介さない。くつくつと笑みを零すものの向けられるのは静かな怒りだ。
なぜ私は恩人を怒らせているのだろうか…恩返しの一つもできない自分に少し悲しくなってくる。

「あー…そんな顔させるつもりはねェんだピコリーナ。ほら、俺が悪かった。」

「ごめんなさい、そんなつもりではなくて、どうしても気後れしてしまって…」

狼狽する私の顔はそんなに酷かったのだろうか頬にグローブ越しの手のひらをそっと当てて撫でつける彼の手は暖かくて優しかった。

「折角の可愛い顔が台無しだゼ?からかいすぎたようだな、悪かった。」

優しくなだめるように頭の上にポンポンと手のひらが乗せられて…って、ちょっと待ってくださいデビトさん。こんななんか甘い展開、期待してなかったです断じて。なんですかこの恋人同士みたいな触れ合いは…って抗議してみても返ってくるのはしたり顔だけで出会って2日目にして彼には敵いそうにないことが発覚した。
どうして彼はこんなにも私を甘やかしてくるのだろうか。まったく理由が浮かばないのですが…

「さァて、行くぜピコリーナ。」

「っ、はい…!あ、あの、ところでピコリーナって…」

先ほどから彼が私の方を見て呼ぶのは「ピコリーナ」という聞きなれない単語。名前も教えたはずだけど…まあ、あの忘れられているかもしれないのは別にいいんだけど他の女性にはシニョリーナって言ってるのになぜ私だけ違う呼び方なのか単純に気になった

「ん?ピコリーナじゃァ不服かァ…?ちなみに俺の可愛い小鳥ちゃんって意味だゼ」

「こっ…!?」

「まぁお前が嫌だってんならやめる。」

名無しさんって呼ぶのとどっちがいいんだ?なんて甘く耳元で聞かれたら反射的に小鳥でいいって答えてしまうじゃないですか…デビトさんは本当にずるい

前途多難なランチタイムが始まると同時に私の旅もなかなか波乱万丈になりそうな予感がします。



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