Rewrite The Transcendental

□第六の二章
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 零夜は苛立っていた。
 喉が乾いていたこともその原因の一つであるが、大半を占めていたのは圧縮空間から出られないことであった。
 
 そんなときに感じたのは魔物の気配。
 
 今日は生憎と武器になる物は何も持っていない。
 そして、ルチアの前で力を使うのも憚られる。
 
 そうなると、自然と素手で魔物と対峙することになる。 
 武器がなければ魔物を倒すことが出来ないという訳では無いが、緊張するのは事実だ。

 「零夜。さっきからなにを―――魔物か?」

 「ああ。多分な」

 ルチアも武器を持ってはいないだろう。
 彼女の服装はどう見ても休日に外出するための私服だ。
 零夜を見かけたのも偶然であったのだから、持っているはずがない。

 ふう、と一息吐くと、魔物が黙視できるほど近くなっていた。

 狭い路地であるため、三体いるハウンドタイプの魔物が一列で少し間隔を開けた状態で迫ってくる。
 
 一体目が牙を剥き出し、飛び掛かってくる。
 上半身を倒し魔物の下に潜ると、サッカーのオーバーヘッドキックの要領で蹴り飛ばす。
 そして、後ろに飛んだ魔物をルチアがトドメを刺す。

 さらに、同じように飛び掛かってきた魔物に対応する。
 ギリギリまで引きつけ、右に体を捻って躱す。そこから右拳を構え、魔物を上から殴る。
 魔物はきゃんっ!と鳴き声を上げ、塵へと消えた。

 そして、先ほどより少し遅い間隔でやってきた魔物は前の二体より動きが俊敏に感じられた。

 そう感じた時には足下にまで迫っており、咄嗟に腕を交差して防御するが、牙が右手に食い込む。

 零夜の表情が痛みで歪むが、すぐに魔物を蹴り飛ばして距離を取る。
 そこから塀から壁へと飛び、上を取る。
 魔物はそれを迎え撃つべく、威嚇するように牙を剥き出す。

 だが、突然魔物の体がぶれると、そのまま魔物はうめき声を上げ、塵となって消えた。

 (クソッ、右手か…)

 先ほど受けた右手の痛みを悟られないようにするが、心の中ではどうしても舌打ちが漏れる。

 「零夜、大丈夫か?」

 「ああ、問題無い。それより、早くここから出るぞ」

 「…そうか」

 ルチアは心配そうに零夜の手を見ようとするが、零夜は無表情で先に歩き出した。
 零夜の態度に少なからず、拒絶を感じ取ったルチアは今は納得することにした。

 零夜を先頭に歩く。
 だが、会話は全く無く、足音がやけに大きく鼓膜を刺激する。
 圧縮空間の異質さに囚われそうになり、つい足を止める零夜。
 この不気味で色彩のない色もそうなのだろうが、一番は現実とのギャップだろう。時々、現実と入り交じり、狂いそうになる。 

 そこへ、ある意味そんな感情を打ち払えるような気配が感覚を刺激する。
 感じたのは人の気配。
 
 魔物使いである可能性が非常に高い。

 それを念頭に置いて零夜は再び歩を進めた。
 その気配は敵意は無く、迷っているような感じが取れた。
 自分たちと同じく迷ってしまった人間では、という考えが頭を過ぎる。
 だが、一般人であろうと、魔物使いであろうと、顔を合わせるのは都合が悪い。
 だから、早く外に出ようと思って壁に向けて先ほど怪我を負い、適当に布を巻いた右手を壁に向けた。

 「……………ふぅ」

 全くと言って良いほど成功の欠片が見えない。集中力が途切れ、疲労が溜まってきたため、思わず溜息を吐きながら壁にもたれ掛かる。 

 一応、先ほどの人の気配をずっと感じているが、敵意と言った物は全く無い。

 「零夜。…本当に、大丈夫か?」

 「問題無い。…ああ、問題無い」

 一度呟き、もう一度自分に言い聞かせるように答えた。
 そして、ルチアに向き直った。

 「今からもう一人の迷い人らしき奴の姿を見に行く。警戒しておけ」

 「あ、ああ…」

 ルチアとの言葉に殆ど集中出来ていない零夜。
 彼女からすれば、とても心配だが、今の状況を考えれば無理に止めることも出来ない。
 そのせいか、ルチアには無力感が心を支配していた。

 歩調は変わらないが、進めば進むほど、零夜の周りに緊張感が走る。
 足音を立てず、周りの空気を殺す。

 目的の人物まで、距離約二十メートルのところで、零夜が壁に体を隠し、様子を窺う。
 そこで零夜とルチアの視界に入ったのは、二人とも最近付き合いが深くなり始めたと言える人物であり、同時に面倒な人物でもあった。

 (天王寺…。何でこんなところにいるんだ…)

 「て、天王寺!?」

 零夜と同じように向こう側を覗き込んだルチアが驚きのあまり声を上げてしまう。
 決して大きな声ではないが、この圧縮空間の特性または、あまりに周りが静かすぎるせいで声はよく響く。

 『なあ、何か聞こえなかったか?』

 『もす?』

 (魔物持ち…?何でアイツが…)

 そして、左手でルチアにハンドサインを送り、この場から離れることにした。
 離れている間は自然と早足になってしまい、苛立ちが募っていた。
 実際に見た訳ではないが、おそらく江坂やゲンナジー辺りが煽ったのだろう、と。

 決して深くはないが、同じ部活で活動するほどの交友を瑚太郎達と持っている零夜。
 その関係がいつ無くなっても良い覚悟は疾うの昔から出来ているが、相手に何かを知られ、記憶を消さなければならない事態になるのは御免被りたい。

 徐々に右手の痛みが強くなる。
 このまま放っておけば、化膿したり、最悪破傷風にかかる可能性がある。
 そして、あの魔物が何らかの毒を持っていれば、切断の可能性もあるだろう。

 「夜…ということは、戻ってきたのか…」

 ルチアの呟きが耳に入り、空を見上げた。
 空には、星は見えず、ただ月が浮かんでいた。
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