◆『どこまでキコエル』長編小説◆
□* 22 仕返し *
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【鏡夜side】
目が覚めると、右手首に違和感がある。
その違和感の正体は、眼鏡をかけて確かめるまでもなく、何なのかを理解する。
朝の眩しい光に溶けるようにして、甲高い鈴の音が鳴った。
― やはり、逃げられたか…。
起き上がって、ベッドサイドの眼鏡を取り、ゆっくりと掛けてから、改めて違和感の正体を見る。
紐は外され、自由になった首輪が、しっかりと俺の手首にはめられている。
こんな仕返しをするために、彼女はどうやってここに来て、これを俺に残していったのかを想像すると、笑いが込み上げてきた。
「…まったく、手のかかる奴は、環で十分だというのに」
そんな言葉をこぼす口元は、まだ柔らかく口角があがったままだ。
「おはようございます、鏡夜様」
橘が部屋をノックして声を掛けてきた。俺が返事をしてから、部屋に入れたが、入ってくる前から、その顔が硬直しているのは想像できた。
「あの…申し訳ございません。す、鈴川様ですが…」
「まんまと逃げられたな」
「え…?」
「予想はしていたが、大方、お前が眠ってしまって、彼女が先に目を覚まして、形勢逆転されたんだろう」
俺は右手に掛けられた、かわいらしい「手錠」を橘に見せた。
図星を当てられた橘は、それを見て益々顔色が悪くなった。
彼が明け方、ほんの一瞬ウトウトした隙に、彼女の姿は無くなっていたそうだ。
部屋のテーブルの上には、彼への謝罪と俺への礼が書かれた手紙があったらしい。
眼鏡を直しながら、一つ息を吐く。
―想像以上のじゃじゃ馬だな
『鏡夜さんへ
今度お会いしたときに、きちんとお礼はします。
今日は急用ができたということにして、先に帰ります。』
メモ程度の手紙を受け取って目を通す。
「では、その『お礼』を楽しみにして待つとするか」