◆『どこまでキコエル』長編小説◆
□* 22 仕返し *
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【鏡夜side】
鈴川志衣里が先に帰宅したことをホスト部の連中に伝えると、予想はしていたが、うるさい連中が更にうるさく騒ぎ出す。
「何も言わずに帰るなんて、まさか、鏡夜…お前、彼女に…」
環が勝手な妄想で、俺が彼女の部屋に夜這いしたかのような口調で詰め寄る。
「たしかに鏡夜先輩なら、自分の別荘に仕掛けをするなんて簡単だよね」
双子の一人が勝手なことを面白がって被せてくる。
「おい、お前たち、俺の話を聞いていたか?彼女は家の急用ができて、朝一番で帰宅した。俺が起きる前の話だ」
「だったらなんで、鏡夜先輩にだけ挨拶して帰るのさ」
「そうだよ。どちらかと言うと、鏡夜先輩より僕たちの方がシェリーとは仲がいいのに」
双子は彼女のことでタッグを組んだのか、連係プレイで俺に対してきつい当たりをする。
「俺も彼女の部屋に手紙が置いてあったということを、ボディーガードから報告を受けただけで、直接挨拶されたわけではないと言っているだろう。それに、ここはうちの別荘だ。俺に挨拶するのは筋が通っていることだと思うが?」
「きょーちゃん、フラれたんだね、かわいそう…」
「ああ…」
ハニー先輩とモリ先輩がとどめを刺すように、聞こえる大きさの声でひそひそ話す。
俺はいつものことと諦め、ため息をついて、帰宅の準備をするとだけ告げ、騒がしい連中のいる部屋を出た。
自分の部屋に戻る途中、馨が廊下で俺を呼び止めた。
「鏡夜先輩、ほんとのとこ、シェリーと何かあったの?」
昨日の控室での出来事で、馨は俺に隠すものがなくなったからか、ストレートに確認してきた。
「何かとは?」
俺は昨日の仕返しのように逆に質問する。
「ふーん。前にも、鏡夜先輩とこんなやり取りしたけど、そういう返し方をするってことは、何かはあったってことだよね?別にいいけど。シェリーに意地悪とかしてないよね?」
「前にも言ったはずだ、彼女はうちにとって大切なビジネスパートナーのご令嬢だ。俺が彼女に何かしたとして、何のメリットがある?」
まったく、ホスト部全員を味方につけて行方をくらますじゃじゃ馬に、またやれやれという気分になる。
「彼女は昨夜、熱があって、うちのスタッフに命令して世話をさせた。朝になって熱が下がった彼女は帰宅した。それだけのことだ。お前は『こういう時くらい純粋に』と、昨日、俺に言ったが、彼女が帰宅した理由を皆に明かさないのは、俺なりの彼女への配慮だ。これ以上は、言う必要が無いだろう」
彼女が皆に隠しておきたいと思っていることを、必要以上に俺から明かすことは無く、馨が知りたい事実だけを答えた。
熱があったことを聞いた馨は、心底心配した顔を見せたので、
「そういう顔を、彼女は皆にさせたくなかったんじゃないのか?」
俺がそう言うと、馨はハッとして表情を戻し、尋ねてきた。
「シェリーは元気になったの?」
「ああ。俺を出し抜いて一人で帰るくらいにはな」
そう言う俺に馨は安堵して、そして少し嬉しそうな顔で、
「よかった…。でも、鏡夜先輩の『純粋』って、そういう方向なんだね」
意味ありげにそう言ってから、馨は俺を追い越して自分の部屋に戻っていった。