大蛤の虹
□マフィアと禁書と十代目
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物語っていうのは、人知れず静かに幕をあけるものなんだよ。
―――七月のせみ時雨の鳴り響く日の午後 ある日の三日前
平和で平凡でごく普通の街、並盛町。
そんなのどかな街のある一角で、
「わああああ!!来ないで!あっち行ってー!!」
「テンメー、十代目を脅かすとは、許さねぇ!!」
「落ち着けって獄寺。相手は飼い犬だぜ?ヘタに手ェだしたらヤバイって」
電柱に一人の少年がしがみついて、その足元で獰猛そうな放し飼いの犬がうなり声をあげており、そのまた回りで二人の男子が『やべえなこりゃ』という表情を浮かべている図があった。
「誰か助けてぇ〜〜」
電柱にへばりついているのは、並盛中学の『ダメツナ』こと沢田綱吉。巨大マフィア『ボンゴレファミリー』の時期十代目ボス。
「じゅうだいめ〜〜」
「待ってろツナ!今助けるからな!!」
と、言いつつどうすればいいか皆目見当もつかず、電柱の周りをただただおろおろしている二人は、獄寺隼人と山本武。ともに沢田綱吉のファミリーである。
「なんでオレって、こんなんばっかなの〜?」
「くそっ!どけっつってんだよこのバカ犬!!」
「獄寺、ヘタに刺激するなって!犬は賢い生き物なんだぞ」
平凡な街に、ちょっとの不幸。
そんなところに非日常(イレギュラー)が通りかかったのは、偶然かはたまた誰かの思惑か。
とにかく彼は、そこに現れた。
「はいはい、ちょっと失礼しますね〜」
男はそういうと、ちょうどどこかの家の出入り口を塞いでいた二人と一匹を軽くあしらった。
「あ、どうもスンマセン」
相方とは違い愛想のよい山本は、礼儀正しくぺこりと頭を下げる。が、男性は何も言わずに門柱をくぐっていった。
そして、そのまま家の中に消えていくのかと思いきや、全員が見守る中、何食わぬ顔で空っぽの犬小屋の中にごそごそと入っていった。
「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」
唖然。犬すらも己の住処の中にいきなり入っていった闖入者に、とまどっている風だった。
だが、そのなんともいえない沈黙は、二度目のイレギュラーによって破られた。
ドタバタと黒いスーツを着込んだ男共が、家のすぐ傍まで走ってきた。
「くそっ!あいつどこに消えやがった!!」
「そう遠くへは行ってないはずだ!探し出せ!!」
嵐のように現れた男たちは、再び嵐のように走り去って行った。
数秒経った後、男が犬小屋からごそごそと這い出てきた。そして再び、何食わぬ顔してその場を離れようとした。が、さすがにそれは適わなかった。
「おい、テメェ。あんだけ不振な動きしといて、こっちが見逃すとでも思ったのか?」
目元を暗くして、獄寺が男の襟をがっしりと掴む。
ぐえっと変な声を出しながらも、身をよじって背後の人物を見る。その瞬間、男の眠そうな目がちょっとだけ見開かれ、
「ぎゃー!思春期真っ只中の銀髪不良に絡まれたー!!誰か助けてー!!」
「誰が思春期だ!!」
「少年よ、覚えておくがいい。そうやって大人にたてつこうとする、それが思春期だ」
「なめてんのかゴラァ!!」
「まあまあ落ち着けって。別に怪しいってだけで害はないんだしさ」
「馬鹿か!怪しいことが危険なんだよ!!」
「おいおい。俺はただの通りすがりのお兄さんだぞ?」
「どの口が言うか!!」
「獄寺ぁ・・・・」
「ガルルルルルルル・・・・・・・・・」
いがみあっていた三人の動きが、ぴたりと止まった。そして、視線が一点に集中する。
獰猛そうな犬は、自分の家に勝手に入り込んだ侵入者と、自分のテリトリー内で騒ぎをおこしている迷惑人二人を、完全にロックしていた。
「・・・・・そゆことで!!」
「逃げんな!!」
「うわっ追っかけてきた!!!」
転がるように一斉に走りだした三人は、背後に怒髪天の犬を従え、見る見るうちに遠ざかっていった。
「・・・・あ、降りられた」
沢田はようやく地面に足をおろせて、一息ついたところで友人の姿を探す。
はるか彼方に、小さな点が揺れているのがかすかに見えた。
「ちょっと、置いてかないで〜〜〜〜〜!!!!」
なんだかんだで、やはり苦労を負うのは彼のさだめならしい。