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□指を絡めて嘘をつく
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☆★☆★

どうしたものか、とソーマは部屋の前で立ち止まった。
今日が約束した日。
この扉を叩き、中へと入ったなら答えが待っているのだろう。
だが、それを聞くのが怖いとも思う。
臆病になる気持ちは、時間と共に大きくなり、扉をノックする手を躊躇わせる。
いっそ、昼の配給時にでも……と、蹄を返した。
その時、タイミングとしては正にピッタリな状況で、扉が開く。

そこにいるのは、当たり前だがカンナだ。


「あ、おはようございます、ソーマ」

「……あぁ」

「どうぞ」


ふわりと微笑み、彼女に促されるままに部屋へと入る。
昨日は普通に入れた筈なのに、今日はこんなにも胸が苦しい。
どんなアラガミにも恐れない自分が、この少女の前では逃げ出したいと切に思ってしまう。
それで、と問えずにいる彼に、カンナが正面に立つ。


「……あれから、沢山考えました」

「………」

「正直……未だに、ちゃんとした答えがありません」

「それは……」


断るという事か?
そう問おうとした彼に、カンナは小さく首を横に振る。


「ソーマ。私は、アリサみたいに可愛いでも、サクヤさんみたいに綺麗でもありません。足だって、今ではアラガミ化して不気味です。すぐ泣きますし、すぐ拗ねます」

「………」

「隊長としても頼りなくて、いつだって皆さんに助けて頂いて……私、本当に情けないんです」

「……それは違う」

「違いません。今だって、こんなにソーマを困らせてます。この先、私は人間であり続ける事が出来るかも分かりません。もしかしたら、アラガミになって、皆さんに襲いかかるかもしれません」


それでも……

真っ直ぐに彼を見る。
その瞳は、どこまでも純粋に真っ直ぐで、視線を逸らすことなど出来ない。


「それでも……私を愛してくれますか?」


不安に心が震える。
暫し茫然としていた彼は、少しの間だけ目を閉じ、そして小さく微笑む。


「当たり前だ」

「アラガミになるかもしれません」

「それはねぇよ」

「絶対なんて、ある筈ないです」

「それでも、だ。もし、アラガミになるようなら、その時は俺が殺してやる」

「……本当に?」

「約束する。それ以前に、そうなる前に助ける」


彼の言葉に、そうですか、と小さく答える。
もういい……
これ以上、彼に重荷を背負わせたくない。

そう思う感情とは裏腹に、心が歓喜している。
自分を信じろ、と洸は言った。
だが、自分ほど信用できないモノはない。

だから………


「ソーマ」

「……なんだ?」

「ありがとう。それから………大好きです」


これが、自分の出した答え。
この先、自分には未来がないかもしれない。
アラガミ化すれば、重荷を背負うのは彼だろう。
だから、と思う。

だから、彼の言葉を信じたい。
助ける、そう言ってくれた彼の言葉を。

大好きです、と再度口にすると、目の前が歪んだ。
潤む瞳に、自分の意思など関係なく、止めどない涙が頬を伝う。

あ、あれ?と狼狽する。


「おかしいです。なんで……」

「カンナ……」

「あはは……おかしいですよね、泣き出すなんて……でも……凄く嬉しいんです。嬉しくて、私……」


言葉が続かない。
泣きじゃくる彼女へ、ソーマは手を伸ばし……その小さな体を抱き締める。
肌で感じる体温が、少し安心する。
どう考えても、ソーマの方が背が高い為に、カンナはその胸に顔を埋める形となる。

少しだけ摺り寄せ、小さな声で愛してます、と告げる。
彼から答えはなかったが、少しだけ抱き締めた腕に力が籠る。

それが嬉しくて、そのまま彼の腕の中に溺れた。




































「えっと、ですね」


取り敢えず、当面の問題は解決した。
今さらになって、恥ずかしくなる様な事を平然とやっていた事に、もう顔から火が出そうだが、今はそっとしておこう。

落ち着いた後、いつも通りカンナが紅茶を淹れた所で、少しだけ彼女の視線が泳ぐ。


「……ソーマにお願いがあります」

「……?」


今さら、どんな願いがあるのだろう?
不思議そうに彼女を見ると、ちょっと待って下さい、と席を立つ。
向かったのは、彼女のベット。
その下である。

少しだけ開いていた隙間に手を伸ばし、彼女は何かを持って、こちらへ戻ってくる。
それは、この部屋には似つかわしくない程薄汚れた箱だった。


「……これは?」

「父様の遺品です」


少しだけ、彼女の声が震えた。
何かを覚悟する様に、息を吐くと、カンナは箱を開ける。
中にあったのは、古ぼけた写真と小さなメモリーディスク。
ソーマは怪訝そうに、メモリーディスクを持つ。


「父様は生前、それに何かを書き込んでいました。多分、日記や研究結果を記録していたんだと思います。それから……これが母様です」


出された古ぼけた写真。
そこに映っていた女性に、ソーマは目を見開く。
母性溢れる優しい笑顔で赤子を抱く、カンナの母親は、正しくあの時カンナを指差した女だった。
動揺を悟られない様、いつのだ?と聞いてみる。


「父様の話では、私が生まれた時だそうです。この後、病気が発覚してそのまま……」


死んだ、となったのだろう。
そういえば、彼女の父親を榊は殉職した、と言っていた。
なら、誰が彼女の両親を死んだ事にしたのだろう?
それとも、本人達が望んで死んだ事にしたのか?
疑惑が、胸の中を燻ぶる。




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