GE

□世界に殺された夜
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あれは無駄弾だ。
てっきり、瓦礫でも落とそうとしているのかと思ったが、それは杞憂だった様だ。
驚かせやがって、と義足を振り上げた。
その時、エイジスに響くのは獣の咆哮。
ズシンッと地面が揺れ、態勢のない男と女はその場に尻餅をつく。
それを好機とみると、カンナは素早く首にあった注射器を引き抜く。


「ここ、エイジスは未だにオラクル資源が豊富にあります。そんな所で、高圧縮されたオラクル細胞が放出されれば……」


どうなるか、分かりますね?
そう悠然と微笑む彼女の前に、咆哮の主が顔をのぞかせる。
黒い四肢、悠然と揺蕩う黄色いマント、鋭さのある赤い眼……


「あの馬鹿……ディアウス・ピターを呼びやがった」


洸が引き攣った顔で、現状を見る。
GEにとっての仇敵であり、無類強さを誇るヴァジュラ種最強のアラガミ―――ディアウス・ピター。
その場にいた全員が、その毅然とした姿を見詰めた。
次の瞬間
バシュッと広がるは赤き鮮血。


「……な……」


虚空へと舞う男の腕。
その前には、黒き巨体。
あの一瞬で、ディアウス・ピターは飛躍し、男の腕を噛み千切ったのだ。
その光景に、ゾクッとカンナの背が凍る。

今の自分は丸腰。
GEですらない、ただの小娘だ。
茫然と亡くした腕を見詰めた男は、その顔に笑みを張り付けた。


「は、はははははははは!!!!」


もう感覚が狂ってしまったのだろう。
けたたましく嗤う男に、ディアウス・ピターは不愉快そうに唸りを上げ、そのまま鋭い爪でその四肢を裂く。
肉の裂ける音と骨が折れた音はほぼ同時。
煩いだけの存在に興味はないのだろう。
逃げ惑う女を前足で押さえ、その双眼がカンナを射抜く。

相手との距離は大体10mくらい。
相手にとって、この距離はほんの一っ跳びの距離。
今の自分の足は、本調子ではない。
それに……

首から流れる血。
あの時刺さった針から、微量ではあるが薬が体内に入ってのだろう。
頭がガンガン痛み、正直意識を保つ事も辛い。

背後で、自分の名を呼び仲間の声が聞こえる。

もう……無理かな……

ディアウス・ピターが自分に飛び掛かるまで、ほんの一瞬。
カンナの中で、死への覚悟が決まる。

その瞬間、ふわりと舞うのは蒼き姿。
それが何か気づいた時、カンナの喉を走ったのは絶叫。


「母様!!!!」


自分をかばう様に、立ちはだかる母に、ディアウス・ピターが飛び掛かったのは、彼女の叫びとほぼ同時。
そして、その瞬間、二つの黒い影が疾走した。


「くたばれ!!」

「いけっ!!」


白いバスターブレードと、鈍色のロングブレードが相手の前足へと傷をつける。
苦痛の咆哮を上げ、ディアウス・ピターが後退していく。
頼もしい二人の姿に、カンナは泣きそうな声で呼んだ。


「洸ちゃん!!ソーマ!!」

「たく、本当にお前は仕様がない従姉妹だよ」

「下がれ。……母親連れて、な」


ニシシッと笑う洸と、バスターを担ぎ悠然と敵を見据えるソーマ。
嬉しさが、胸にこみ上げてくる。
自分には、こんなにも頼もしい仲間がいる。

死にたくない……もう、あきらめたくない。

二人の言葉に力強く頷くと、カンナは月の手を取り、後退していく。


「怪我はありませんか?母様」

「……カンナ」


鈴を転がした様な美しい声。
それが、母の声。
はい、と泣きそうになりながらも頷く。
後退する自分達とは逆に、前へと出ていくコウタとアリサに目配せし、出入り口の辺りで足を止めた。

戦況は芳しくない。
自分を助ける為に、急いで出動してきたのだろう。
持ち物だって、それ程多くはない筈だ。
ここに自分の神機はない。
それが、カンナにとって一番のネックだ。
どうすれば……

前を見据え考える彼女の横で、ガンッと固い音が響く。
そこにあるのは、大きなアタッシュケース。


「これ、カンナちゃんの神機!!洸兄ぃから連絡を貰って、すぐにリッカちゃんにお願いしてきたの!!」

「ミゥ!!」


イエーイと無邪気にピースをした彼女は、汗だくで息も絶え絶えだ。
必死にここまで走ってきてくれたのだろう。
ありがとう、とお礼を述べ、アタッシュケースを開く。
中にあるのは、慣れ親しんだ自分の愛機。


「母様、私は行きます。ですので、ここにいて下さい」

「カンナ……」

「私はGEです。人々を守り、仲間と共に生きる……それが私の選んだ道です」


だから、大丈夫です。
そう微笑んだ愛娘に、月は目を細める。
会わない内に、あの小さな少女は沢山のものを守る力を手に入れた。
と、月は自身の掌を噛み切る。
そして、その血をカンナの足へと薬でも塗りこむ様につけていく。


「母様?」

「P3偏食因子は、貴女の中にもあります。この因子は確かに、人喰傾向を引き起こす劇薬。ですが、私の娘である貴女なら、この因子に適合している筈です。だから……」


トクリ……と胸が波打つ。
禍々しい鱗で覆われていた足は、月の血を吸う様に吸収すると、元の人間の足へと戻っていく。
月はアラガミだ。
だが、人間でもある。
それは、彼女自身が人でありたいと願うからだ。
そして、その娘であるカンナもまた、人であろうとしている。


「人としての因子、それがP3偏食因子を持ちながら、人であれる私の理由です。カンナ、戦いなさい。貴女が信じた明日を掴む為に。そして、大切な人を守る為に」


貴女は私の娘なんですから。
そう微笑む月に、カンナはしっかりと頷くと、神機を手にディアウス・ピターへと向かう。


「洸ちゃんと私で、相手の足止めをします!!その間に、ソーマはマントの破壊を!!コウタとアリサはバックアップを中心に、相手の側面を狙って下さい!!ミゥ!!皆さんのバックアップをお願いします!!」

『了解!!』


カンナからの指示に、全員が声を張り上げる。
これがいつもの風景。
ロングブレードを相手に叩き込んでいく洸の間を縫い、カンナのショートブレードが細かな傷を刻んでいく。
攻撃力は洸のそれより劣るが、それでもスピードを生かした攻撃回数の多さは、その攻撃力をカバーにするだけの力がある。

相手を追い込みつつ、攻撃されそうになれば、後方から粉砕系のバレットが相手の動きを封じる。
チラリと視線を投げれば、得意げなコウタと凛々しく微笑むアリサ。

爪をかすめれば、すぐさま衛生兵であるミゥが回復バレットを飛ばしてくれる。
今日は、改造バレットは撃っていない様だ。




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