討鬼伝

□誰も知らない
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それはそれで迷惑だ、とでも言いたげに初穂が肩を落とす。
とはいえ、それが普段の柊なのだから心配する事はないのだろう。


「ねぇ、伊月。柊の悩み事って………」


少し怯えた調子で、初穂が問う。
前に、柊の事で個人的な事を問うた時に伊月に睨まれた事があるからだろう。
伊月は暫し瞑想し………はぁ、と小さくため息を零した。


「まぁ、柊も初穂には懐いてるみたいだし。………口外しないって約束でなら、話してもいい。約束は守れるか?初穂、橘花」


いつにもなく、硬い声で伊月が問う。
それだけ、内容が重いのだろう。
初穂と橘花は互いに顔を見合わせた後、神妙な面持ちでしっかりと頷いた。


「……分かった。取り敢えず、送りながら話そうか」


本当であれば、誰もいない様な場所で話をしたのだが、流石にこんな夜更けに自分の住まいに少女を二人も連れ込むのは、よくない。
特に、橘花に至っては連れ込んだと桜花に知れた時には、自分の命がないだろう。

ゆっくりと歩み始めた伊月に従い、初穂と橘花が慌ててその後を追った。


「前にも言ったが、柊は自分の両親を知らない。会った事がないんだ」

「えっと……早くに亡くなった、とか?」

「いや、違う。………柊は生まれて直ぐに、賊によって誘拐されたんだ」

「誘拐、ですか?」


聞き慣れぬ言葉に、橘花が言い淀む。
鬼に侵されて以降、人間同士のいざこざはそれ程表面化されなくなってきた。
人間の敵は鬼……それが浸透したからとも言えるご時世で、生まれて間もない子供を誘拐する。
その目的が分からない、と彼女は考えたのだろう。


「あの子は………巫女の子供だ」

「え……?み、巫女って……」

「俺が知る中で誰よりも強靭な結界を作り出し、大型鬼ですら退けた神垣ノ巫女………その血を引くのが、柊だ」


巫女とミタマとの間に生まれた、異端の子供。
それがあの少女の正体。


「彼奴が母親を知らないのは、里の掟によってだ。俺が彼奴を見つけたのは、とある鬼に汚された領域の、小さな朽ちた家の中でさ。人の言葉も分からず、柊は自分が何者かも知らない状態だった」


穢れを知らぬ、童女の瞳。
それは、歪んでいる様にも見える程に純粋に、何も知らない硝子玉の様な瞳は、今も伊月の中に焼き付いて離れない。
自分も分からず、人である事も分からず、彼女はただ目の前にいる存在が何なのかも理解出来ないまま、ただぼんやりとしていた。


「柊は巫女の娘。生まれてからの7年間、ずっと監禁され続けていたが、それでも巫女としての才は類稀なるものだったらしい。…………だが、彼奴は巫女には慣れなかった」

「え?ど、どうして?だって、お母さんと同じ位凄い力を持ってたんでしょ?」

「柊の体に………瘴気が淀んでたんだ」


巫女の力と鬼が放つ瘴気は、相対するモノ。
7年の間、鬼の領域に閉じ込められ続けた彼女の体には、どう足掻いても浄化出来ない程に濃縮された瘴気が淀んでしまったのだ。
汚された体では、巫女としての任を負う事は出来ない。


「『出来損ない』………心無い大人達は、柊をそう呼んで責め立てた。巫女としての強い才を持つが故に、彼奴は勝手に周りから多大な期待をかけられ、勝手に裏切られたと罵られる。柊自身、母親の様な巫女となる事を目標としていただけに、その時は意気消沈を通り越して、自害するんじゃないかって心配する程落ち込んでたっけな」


里の命運を背負うとまで言われた幼い少女は、『出来損ない』と烙印を押され、心無い言葉で罵倒され、その心に深い傷を負った。
まだ、幼かった自分には妹とも言うべき大事な家族が、周りから罵倒されているというのに、彼女の盾となる事も………守る事も出来なかった。


「悪いのは……生まれたばかりの彼奴を誘拐し、鬼の領域に監禁した奴だ。それなのに………救い出された彼奴は、母親にも会わせてもらえず、周りからは母親の様に成れと期待され、欠陥が見つかれば出来損ないと罵倒される。俺には………その現状が耐え切れなかった」

「……だから、柊の事聞くと伊月は怒ったの?」

「ここでは、ただのモノノフとして生きてほしい。昔の柵なんて忘れて、ただ一人の女として、母親からもらった大事な名『柊』として、俺は彼奴に生きてほしいんだ」

「私、は………柊さんに……なんてことを……」


大人しく話を聞いていた橘花の表情が、みるみる内に蒼褪めていく。
ここまで聞けば、自分が何を言ってしまったのかを理解したのだろう。
そして、柊が強く悩んでしまった理由も……


「……橘花のせいじゃない。俺の配慮不足だったんだ。まだ、彼奴が引きずってるとは思ってなった」


モノノフになる……それは、彼女と母親との間に交わされた約束。
どんな話をしたのかも知らないし、それを問いただそうとも思わなかった。
だが、幼い彼女が必死にモノノフを目指すと言った時、伊月とその父は卒倒しそうになったのをよく覚えている。
それ程………この少女を愛おしいと思っていたのだから。


「……とまぁ、こんな感じだ。ほら、家についたぜ」


ふと気が付けば、初穂の家の前。
そのまま、立ち話となってしまったようだ。
名残惜しそうではあったが、もう話すことはないとでも言いたげな伊月の態度に、初穂は大人しく家の中へと戻っていった。
残ったのは、橘花と伊月のみ。


「………巫女は、柊の憧れだった」


ポツリ、と呟く。


「いずれは、母親の様な里を守れる巫女になりたい………そう言って、彼奴は必死に修行を始めて………結局、その目標が果される事はなかった」

「……………」

「それでも………彼奴は、モノノフとして生きる覚悟を決めた。巫女として生きたいと、今でも少しは思ってるみたいだけどな」

「巫女として………生きる…?」

「いつ死ぬか分からないってのは、巫女もモノノフも変わらない。まぁ、動いて死ぬのと、ただ命を消費し続けるんじゃ、ちょっと感覚が違うかもしれないけどな。…………それでも、生きたいと願う事は変わらない。後は、橘花次第だと俺は思うぞ?」


風が冷たい。戻るか。
そう言って、伊月は優しく橘花を撫でた。

































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