GE2

□君に両手一杯の愛を
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こんなものだろうか……


アリサはふぅ、と軽く息を吐くと、机に置いてあるマグカップに手を伸ばす。
ほぼ冷たくなってしまった珈琲を飲み下し、書類をトントン、とまとめる。

第一部隊改め、独立支援部隊『クレイドル』。
それが現在、自分が所属する部隊の名前だ。

これは、見知らぬ大地、見知らぬ人々との間に絆を作る……新たな命を育む揺り籠の様な存在となれ。
そういった願いの籠った大事な部隊名。

アリサとしても、この名前には愛着が付いてきた。
だが、その業務は普段行っていた討伐よりも厄介。
このアーコロジー外にいる人々の大半は、フェンリルより安息の地を追い払われてしまった人々なのだ。

元より、自分達に対して強い憎しみや憎悪の感情を抱いている人々に、自分達は語りかけなければならない。


トン、と再度書類を纏める為に机へ落とす。

と、コンコン、と扉をノックする音がした。


『おい』

「……ソーマ?扉は開いてますよ」


アリサがそういうと、扉の向こうが沈黙する。
しかし、それも刹那の時間であり、すぐさま扉が開かれ、ソーマが顔を出した。
その表情は予測できていた通り、かなりの仏頂面だ。


「……おい、家主はどうした?」

「洸でしたら………」


ここに、と彼女が自身の膝を指差す。
ソーマが訝しげに顔を顰めると、彼女の正面まで移動し………深々と溜息を漏らした。


アリサが言う通り、この部屋の家主はいた。
しかも、何を思ったのか彼女の膝を枕にして、スヤスヤと寝息を立てているのだ。
その呑気そうな表情に、ソーマはイラッとしたのだろう。
チッと小さく舌打ちして、彼へと手を伸ばす。

しかし、その手はアリサによって叩かれてしまった。


「何するんですか?」

「この馬鹿を起こす」


完結な答えに、思わず苦笑する。
ソーマがこの部屋を訪れたのは、洸に用事があったからなのだろう。
それくらいは、アリサでも容易に察しがつく。


「その話は、もう少し後でも大丈夫ですか?」

「………そいつを甘やかしても、どうにもならねぇぞ?」

「分かってますけど………今日はソーマが引いて下さい。洸、ここ最近の激務で全く寝てないみたいで、帰ってきた時も殆ど寝ぼけてたんです」


再度伸ばされた手を、キリキリと阻みつつ、アリサは平然と対応する。
空気が険悪に淀んでいく中、渦中の彼はスヤスヤと穏やかな寝息を立てて眠ったまま。
本当に呑気なモノだ。

暫しの睨みあい。
結局、ソーマは小さく舌打ちすると手を引っ込めた。

よし、とアリサが彼に見えない位置でガッツポーズを取ったのは秘密だ。



「なら、起きたらこの書類に目を通して、問題なければ榊のおっさんに出しとけって言えよ」


ほら、と机に投げ出された書類。
それだけ伝えると、ソーマは気にする事なくスタスタと部屋を後にした。

アリサはその背を見送ると、机に投げ出された書類を纏める。
少しがさつな行動だが、それでも彼の眠りを妨げずに引き下がってもらえたのは、ソーマ自身も洸の激務を分かっているからだと、アリサも分かっている。


「―――――ん〜……?」

「……洸?」


微かに呻くような声が膝のあたりから聞こえ、アリサは手を止めて視線を向ける。
ゆっくりと開かれた瞳は、未だに眠そうでボンヤリとアリサの姿を映す。
どうやら、起こしてしまった様だ。


「すみません。煩かったですか?」

「いや………今、何時?」

「あれから、まだ2時間も経ってませんよ」


視線を時計に向け、経過時間を言えば、そっか、と彼は軽く答えて体を起こす。
ん〜、と筋を伸ばし、身体をほぐす仕草から、もう起きるつもりなのだろう。
2時間しか寝かせてあげられず、アリサの表情が曇る。


「……大丈夫なんですか?」

「平気。どうせ、移動ヘリで3時間は寝れる予定だから」


ニッと笑みを浮かべて答える彼に、嘘吐き、と唇だけで抗議する。
その3時間も、結局は相手側へ提示する資料の見直しや、極東に残っている仲間達の連絡で全てダメになってしまう事を、アリサは分かっている。
それでも、それを指摘した所で彼は唯苦笑するだけだと分かっているから、言葉にはしない。


「………次の任務は何時からなんですか?」

「ん?………確か、2時間後じゃなかったかな?」


チラリと時計へ視線を向け、洸が応える。
後2時間………
それが過ぎてしまえば、彼は行ってしまう。


「洸……」

「仕事に行く前に、書類終わらせねぇとな。ぜってぇ、ソーマにどつかれて、カンナに殺される」

「書類は私がまとめて置きました。今、ソーマが追加を持ってきた所です」

「追加?」


どれ?と問う洸へ、アリサは先程持ってきた書類を彼に差し出す。
それを受け取り、目を通す。

すると、先程まですっきりとした表情だった彼の表情がみるみる内にしかめっ面へと変わると、止めた、とその書類を放り出してしまった。
流石に、この行動にはアリサも眼を丸くした。


「ちょっ!?洸!?」

「つぅか、俺の書類じゃないじゃん。それ以前に、却下だ却下!!」


ムッスゥ〜とした表情で別の書類に目を通し出す。
流石に散らかしたままではいけないので、アリサは洸が放り出した書類を拾う事にした。





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