GE2
□愛情と理性は喰い違う
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「ちょっ!?勝手な行動は慎む様にって、榊博士に言われたでしょ!!」
ヘリが降り立った瞬間に駆け出した彼の背に、従妹の声がぶつかる。
だが、それには全く意を返す様子もなく、彼は走っていた。
市内という事もあり、今彼の手には黒い大きなトランクはなく、その分身軽に動き回れる。
道行く人々の隙間を縫い、走って走って………目的地である中央に聳え立った塔へとつく。
多分、彼らはここにいる筈だ。
彼―――洸は少しだけ上がった息を整え、また塔の中へと走り出す。
最後に通信できたのは、一昨日の晩だった。
カンナと榊の計らいにより、無理矢理相手の電波を解析し、自分の通信を彼女へと繋いでくれた。
あの時の声が、未だに耳から離れない。
大丈夫……そう信じていても、その姿を見るまでは落ち着けない。
だからこそ、一週間は覚悟しろとリンドウに言われた任務を僅か一日で片づけ、後始末を雨宮夫妻に丸投げして極東に帰ってきたのだ。
流石に、ここまで強硬手段に出るとは想定外だったらしく、姿を見られた瞬間はまるでお化けが出たとでも言わんばかりの絶叫が響いたのは、あまり思い出したくない事だ。
「―――――は。フェンリルの実態もロクに知らない小娘が、わかった様な事を言うな」
ふと、走っていた洸の足が緩む。
毒づく男の声。
その人物に心当たりは全くないが、その近くにある慣れ親しんだ気配位は洸でも読み取れる。
「おい」
少し諌める様な、怒った様な声は親友のモノ。
そして―――――
「そう思われてしまうのも、現状では仕方ないかもしれません。だから、私達の決意が本物かどうかは、あなたが判断してください」
凛と感情を押し殺した様な声は―――――誰よりも記憶している彼女のモノ。
弾む息を押さえ、ゆっくりと息を吐く。
あぁ、やっぱり彼女は――――
「そうですね……ひとまず、結論が出るまでは、共同戦線でいきませんか?フェンリルの手先だと思って、いいように利用してもらえば結構です」
―――――――また、一人で背負うつもりなのだろうか。
「そう言うなら、もっと悪人面しとけよ。そんなんじゃ、相手に舐められるだろ?」
ビクッと彼女…アリサの肩が跳ねる。
驚いた様に目を見開いた彼女の瞳は、まるで赤い瞳の兎。
まるで、幽霊にでも出逢ったかの様に、唇をわなわなと振るわせ、震える手で彼を指さす。
「え?ど、どうし、て……」
「……たく、もともとアリサには、交渉は向いてないんだから、ソーマが……って、お前も交渉向きじゃねぇよな。絶対、チーム編成ミスだな、榊博士」
酷く動揺するアリサ。
その隣にいるソーマですら、現状を全く把握出来ていないのか、彼にしては珍しい真ん丸になった瞳で、自分を凝視している。
その様子に、ククッと洸は喉の奥で笑った。
「………君は?」
「申し遅れました。フェンリル極東支部、独立支援部隊『クレイドル』の隊長を務めております。九条洸と申します」
スッと背筋を伸ばし、敬礼する彼は他を圧倒する程の気迫がある。
何より、その強い光を放つ蒼い瞳には、見慣れている筈の彼らですら呑みこまれそうになる程だ。
「部下がご迷惑をお掛けしたとの事で、不肖ながら私がご挨拶に伺わせて頂いた所存です」
迷惑……とは言っているが、彼の瞳は冷たい氷の様に鋭い。
その言葉の裏には、彼らに向かられたであろう悪意に対する強い批判が見て取れる。
グッと男が言葉を詰まらせる。
と――――
「―――――洸ちゃん!!!!!」
彼の後方より、声が響く。
洸は溜息交じりに振り返り、その人物を見た。
「公式の場で、『洸ちゃん』は止めろ。一応、俺は隊長って立場で来てるんだからな?」
「それなら、きちんと業務を全うしてもらえますか?九・条・隊・長!!!――今の仕事は、私の護衛だったよね?それなのに、要人を放り捨ててダッシュって……私じゃなかったら、速攻でクビが飛んでたよ?」
「大丈夫だ。そんな事、お前以外では絶対にしない」
キッパリと言い放つ彼に、彼女はため息を漏らす。
分かり切っていた事だが、それでもこうも悪びれる様子なく言ってのけるのは、もう感心するしかないだろう。
彼女は諦めた様にもう一度息を吐くと、スッと背筋を伸ばし微笑した。
「遅くなり、申し訳ありません。榊支部長代理の代理人として来ました。蒼間カンナです」
「………成程、な」
彼女の登場で、ソーマは大体の流れが掴めたのか、呆れた様に溜息をついた。
洸がここへ来れたのは、カンナの護衛役という大義名分を得たからだ。
とはいえ、カンナは現役こそ退いたが、未だに極東最強と言ってもいいGEだ。
その彼女に護衛等必要なく、結局その大義名分は洸の【我儘】に近い。
そして、それを許した養父も養父だが、彼女も彼女だ。
全く、とソーマは苦笑した。
「今後の支援について、お話を伺いたいのですが、お時間は宜しいでしょうか?」
「あぁ、構わない。早急にまとめる必要性があるだろうからな」
「はい。それには私も……榊支部長代理もそう思っています。…………九条隊長、護衛お疲れ様でした。下がって頂いて結構です」
「了解しました………ですが、念の為に部下を一人つけさせて頂きたいのですが、宜しいですか?」
一応は形式に倣って会話する洸とカンナだったが、彼からの申し出に訝しげに首を傾げる。
元より、護衛はただのお飾りに近い。
その為、カンナ自身もここへ到着した時点で洸の大義名分を白紙へと戻し、アリサのフォローへと回そうと思っていたのだ。
彼の真意が測れずにいる彼女へ、洸は楽しげにニィッと笑った。
「ソーマ、カンナ女史と同席しろ」
「っ!?こ、洸ちゃん!!!!!?」
「…………まぁ、お前ならそういうだろうな」
顔を真っ赤にして彼を諌めようとするカンナとは対照的に、ソーマは予測出来ていたのだろう、溜息一つで終わらせた。
九条洸とは、そういう男だ。
洸はカンナの言い分等全く気にする素振りもなく、ポンッとソーマの肩を叩く。
「ケアはちゃんとしとけよ?」
「お前こそ、な」
短いやり取りだけを済まし、洸は丁寧に那智へと敬礼すると、アリサの手を引いて歩き出す。
その姿に、那智は怪訝そうに眼鏡のブリッジを上げた。
「……彼は?」
「すみません、従兄が不躾な真似を………。ですが、あれが独立支援部隊を束ねる隊長です。冷静沈着で合理的なくせに、感情的になり易い。だからこそ、彼は誰も見捨てませんし、フェンリルとしても扱いづらい駒なのでしょうね」
どこか楽しむ様な声で、カンナはそう言うと『護衛』として残されてしまった彼の方へと向く。
「アリサからは情報を得られそうにありませんので、ソーマには沢山聞かせてもらいますよ?」
「あぁ、そのつもりだ」
「では、護衛役をお願い致します。那智総統、お話を伺っても?」
「分かった。こっちだ」
導くように那智が先を歩く。
その後ろについて行きながら、そっと陰でソーマの手がカンナの手を握った。
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