GE2

□ハニー・アフタヌーン
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寝不足になる、というのは、ほぼ毎日だ。
洸は浮かんできた欠伸を噛み殺し、手に持つ書類に目を通しながら、歩き慣れた廊下を歩く。

自分がここを立って、早一週間。
移動だけで4日掛かるというのは、何かと不便なものだ。
だが、そんな文句も言ってられないし、何よりこのアーコロジーはそれ程広くない。
正直、エイジスだって大型のアラガミが4体出れば、ほぼ満席状態なのだから、本当に前支部長は人類の盾なんて作る気なかったんだなぁと、思ってしまう。
まぁ、彼が救おうとしたのがどういった内容だったか知る洸にしてみれば、それも当たり前か、程度ではあるが。

兎に角、独立支援部隊となって日の浅い自分には、今からでもやるべき事は山の様にある。

自分のみならず、部隊員であるアリサやソーマも必死に走り回ってくれているのだから、隊長を任された自分が愚痴を言うべきではないのだろう。
それに、本来もっとも重視すべき役目である極東での討伐任務を、友人に任せてしまっている。
そんな状態で、移動が面倒だ、などと言えば呆れられる事間違いなし。


………本当に、隊長とは面倒な職務だ。
洸はため息をついた。


(さっさと片付けて、今日は寝るか。………ん?)


ふと、視界に何かを捉え、洸は足を止める。
今、誰かが横切って行った気がする。
気のせいかとも思ったが、洸はその影が消えた方向へと足を向けた。
――――自分の見間違えでなければ、その影は大きなアタッシュケースを持っていた。

現在の時刻は夜。
この時間帯は視界も悪く、危険な為に討伐任務の受給はされていない筈。
それなのにアタッシュケース……中身は神機であろうそれを持つ事は、確か上官の許可がなければ禁止だった筈。

暫く歩くと、洸の視界に小さな影が映り込む。
それは、辺りを注意深く見回すと、何やら扉の前で四苦八苦している。

(………あそこって)

そこは、洸自身も馴染み深い場所だ。
洸は暫し考え込むと、その影へと近づいた。


「おい」

「ひゃっ!!?」


洸の声に、ビクゥッと少女が飛び上がる。
………見慣れない少女だった。
薄緑がかった髪に青い瞳、学生を模した様な服装。
何より、その小さな姿に洸は不思議そうに首を傾げた。


「18時以降の訓練施設使用は、原則で禁止だったんじゃないのか?」

「う……」


洸の指摘に、少女は小さく身体を竦ませ、静かに頷く。
訓練施設の使用は、原則として8時から18時まで。
18時以降は、上官からの申請がない限りは使用不可となっている。
ここへ来る、という事はまだ新人なのだろう。

そして、訓練施設を使う新人は大概現場に出る前だ。
たく……と洸は腕を腰に当てる。


「上官の名前は?取り敢えず、今連絡して……」

「ま、待って下さい!」

「ん?」


現在の上官職についているメンバーは、殆ど洸と面識がある。
取り敢えずは連絡して、施設を使わせるのかどうかを話し合わせようと思ったが、少女から待ったをかけられた。
洸が訝しげに端末を出そうとした手を止め、少女を見る。

彼女は居心地悪そうに、視線を彷徨わせた後、小さな声で話し出す。


「その……私、上官に……八つ当たりを」

「八つ当たり?……どうして」

「わ、私………まだ、上手く神機を扱えてないって言われて、現場に出させてもらえないんです」


成程、と洸は内心で呆れた。
大概の新人は現場を嫌うか、現場を熱望するかの二択。
彼女はその後者で、安全性を重視した上官に、実地訓練は無理だと怒られたのだろう。

それなら、一人で訓練施設を利用しようと思う事も頷けるし、上官に連絡されたくない意味も理解できる。
だが、その辺りを容認していては組織は成り立たない。

あのな、と洸の口調が厳しくなる。


「フェンリルだって組織だ。上官の命令が絶対だとは言えねぇが、それでもその上官はお前の安否を気遣って、現場に出せないって判断した。我儘通して、死体にでもなってみろ。そいつ、人殺しみたいな気分になるんだぞ」

「す、すみません………でも」


バッと少女が伏せていた顔を上げ、しっかりと洸を見る。


「私、早く現場に出たいんです!お兄ちゃんみたいな、立派なGEになって、お兄ちゃんのぶんまでアラガミを討伐したいんです!!」

「なんだ、兄貴がいるのか」

「はい。…………三年前に殉職しましたけど」


少しだけ沈んだ声で、彼女が答える。
つまり、この少女は兄の意志を継いで、この極東でGEになったのだろう。

三年前に殉職したGE………しかも、妹がいた人物。

ふと、洸の記憶に一人だけ思い当たる相手がいた。
その人物は……自分の親友や従妹と繋がりがある。

(………たく、これじゃカンナの事をお人好しだなんて、叱れないな)

洸は端末を取り出すと、どこかへと連絡する。
その姿に、少女が慌てたが静かに、と手で制すると、彼女は少し沈んだ表情で従った。

何度目かの呼び出し音の後、受話器越しにもしもし、と声が聞こえる。


「あ、リッカか?悪いな、こんな時間で。今、忙しいか?………あ〜〜、そりゃそうだよな。悪い………その、悪いついでなんだが、俺の神機使用許可を申請したいんだが」

「!?」

「………悪いな、ちょっと用事があって。あぁ………あぁ………分かった。今度、カレードリンク奢るよ。じゃ、今から取りに行くから、頼んだ」


それだけ言うと、洸は端末での通話を終了させる。
ふと、目の前に視線を戻すと、少女が茫然とした表情で洸を見ている。
キョトン、とした瞳は年相応に見えて、クスッと笑みが漏れる。


「どうしたんだ?」

「いえ、あの………」

「今回が、特別だからな?」


そう言って苦笑すると、洸はドアの認証番に自分のIDと腕輪を翳し、扉を開錠する。
そして、ポンッと少女の頭を一度だけ撫でた。


「20分以内に戻る。それまでに、ストレッチと筋トレを済ませとけ」

「っ!……はい!」


彼女が頷いたのを確認すると、洸は書類を届ける為に元来た道へと戻った。




























































□■□■□


「違う!!もっと集中しろ!!」

「はい!!」


書類を早々に提出し、リッカに誤魔化しながら神機を持ってきた洸は、そのまま少女の訓練に同席した。

この少女が使う神機は、洸が使っている新型とほぼ同じ構造だったが、それよりも柄が長い。
最近普及させ始めたという、新たなモデルの一つであるチャージスピアだ。
正直、洸にも使い方をレクチャーする事は不可能だが、それでも戦い方を教える位は出来る。

何より、その少女は文句一ついう事無く、自分の叱咤に必死に食らい付いてきた。

へぇ……と内心で感心する。


(ここまで、俺の指示に食らい付いてきたのは、ミゥ以来か?)


洸自身、新人教育に携わってくる事はあったが、大概がその途中で挫折している。
厳しすぎる、という事は自覚している。
だが、自分が教えた新人がアラガミに殺されたとは聞きたくない。
その一心で、どうしても厳しい言葉が出てしまう。

同じGEとして、先輩として……そして、仲間として彼らには生き抜いてほしい。
その思いは、誰よりも強く胸にある。







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