討鬼伝

□そらのおと
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「こらぁ!!!伊月!!!降りて来い!!!」


少ししたから、声がかかる。
本日も、ウタカタの里は平和を体現したかのように穏やかな空が広がり、人々は活気にあふれている。
そんな中に響いた怒号は、さぞや良く響いた事だろう、と伊月は振り返る事をせずに思った。


「あ、あの、伊月さん!」

「うん?あんまり話し過ぎるなよ?出来るだけゆっくり安全にを心掛けているが……下手に話すと舌を噛む危険性があるからな」


舌を噛む……その言葉に、背に捕まる少女が慌てて口を噤む。

現在の伊月は、絶賛木登り中。
しかも、少女……それも神垣ノ巫女を背負ってだ。

元より、ウタカタの里は他の里に比べて、巫女の自由行動を許している。
その為、少女…橘花は護衛付きという条件下で里内での自由な時間を保障されているのだ。

そんな彼女が、伊月の背にしがみ付き、木登りをする。
そんな姿を姉である桜花が見れば、卒倒するに違いない。

いや、現実は夜叉が如き顔つきで怒鳴っている。
………伊月に向かって。


「たく……本当に、お前の姉さんは心配性だなっと!」


ゆっくりと、しかし確実に上へ上へと上がっていく。
橘花は興味をそそられ、そろりと彼の肩越しに自分の真下へと視線を向ける。
既に、高さは目が眩む程。
遥か下には、姉らしき人影が見える程度だ。
サァ……と橘花の顔から血の気が引く。


「い、伊月さんっ!!」

「おわっと……橘花、下は見るなって言っただろ?でも、もうすぐ登りきるからな。しっかり捕まってろよ?」


ビクリと震える橘花を宥め、伊月は上の枝に手をかける。
暫く登っていき、乗っても平気そうな太い枝を見つけると、ゆっくりそこに橘花を座らせた。


「到着っと……ふぅ〜〜〜、しんどかったぁ」

「あの、伊月さん。すみません、無理を言った様で……」

「いや、良いって。一人でぼんやりするのも好きだが、こうして誰かとのんぼりするってのも、俺嫌いじゃないし」


橘花の隣で、脱力する様に座り込む伊月へ彼女は申し訳なさそうに言う。
しかし、伊月は気にするそぶりもなく、眼下にいるであろう人物へ声を張り上げた。


「橘花はここだぞぉ〜〜〜!!!!桜花もこっち来いよ――――――!!!!」


先ほどより、自分達に怒号を浴びせていた人物……桜花は伊月の言葉に従う様に、木へと手をかけている。
そして、伊月が橘花と共に来るまでにかかった時間の数分の一位のスピードでスルスルと木を登ると、腰に帯刀していた愛刀をスチャッと抜いた。


「それで………後生の言葉位なら、聞いてやってもいいぞ?伊月…」

「わぁお。俺を刀の錆にしても、良いことないぜ?」


ふふふ……と暗い笑みを浮かべる桜花。
その手に太陽の光を浴びて鈍く光る愛刀を見つめ、伊月は降参だとでも言いたげに両手を上げた。
そんな二人のやり取りに焦ったのは、他ならぬ橘花だった。


「ね、姉さま、私が伊月さんに無理を言ったんです!ですから、太刀をしまって……」

「いいって、いいって橘花。ま、桜花の考えももっともだしな。まぁ、それよりさ………見てみろよ」


ほら、と伊月が温和な笑みを浮かべながら、真っ直ぐ前を指さす。
その仕草に、桜花は疑わしげに表情を歪め、指さす方向へと視線を向け―――――

































―――――――息を呑んだ。


「……凄い」

「綺麗ですね………」


彼が指さす方向に広がっていたのは、どこまでも続く青い空と緑豊かな森、そして自分達が住まう里が綺麗な風景としてそこにあった。
まるで絵画でも見ているかの様なそこは、これだけの高さがあるからこそ見えるもの。
その圧倒的な眺めに、橘花のみならず桜花も感嘆の意を示す。

景色へと見入る二人に、伊月は満足そうにクスッと笑った。


「ここ、結構な高さでさ。休憩時間が取れた日は、よくここで森林浴しながら景色を眺めるのが日課なんだ」

「だから、よく木の上で見かけるのですね」

「そっ」

「……見かける?」


二人の会話に、桜花が訝しげに伊月達を見る。


「橘花に『何で、よく木の上で寝てるんだ』って聞かれてさ。説明するのも面倒だったんで、こうして連れてきたって事」

「全く……橘花に木登りをさせようだなんて、どういう了見だと思ったぞ?」

「悪かったよ。でも、邪険にするのも悪いだろ?それに………ここの景色を俺一人だけってのも、勿体ない気がしたんだ」


綺麗だろ?と得意げに笑う彼へ、桜花は答える事なく、再度景色へと視線を戻す。
確かに、この景色は美しい。
里自体も、元より活気づいた良い里だとは思っていたが、こうしてみると本当に美しい場所なのだなぁ、と再確認できる。

この里を守っている………

そう考えるだけで、自分が誇らしく思えてしまう。


「さてっと………お嬢様方、お時間を拝借」







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